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角砂糖をただ並べただけのような、武骨な建物。クリーム色の外壁は、色あせて時代を感じさせる。
参加者たちの車で埋め尽くされた駐車場を突きって、オレは東北・甲信越、寒中水泳競技会の会場に駆け込んだ。
玄関近くの喫煙所で、葵さんが待っていてくれた。吸っていたタバコを急いでもみ消し、オレを誘導する。
「こっちよ、来て」
西之沢から送られてきた画像は、すでに葵さんに転送しておいた。運営側の警備員たちは、会場中の捜索に尽力してくれたようだ。
でも、その前にどうしても頼まなければならないことがあった。
「葵さん、緊急事態だ。協力してくれ」
「分かってる。シュルトもガディンも、まだ見つかってない。だけど、女ブリーダーを拘束したわ。こっちよ」
やっぱりブロンド女優はいたのか。ならば、きっとシュルトもガディンもいるはずだ。だけど、今、直面している緊急事態は、それじゃない。オレは、首を横に振った。
「葵さん、タクシー代、貸してくれ」
梅田さんは入院中だし、葵さんは会場入りしてるし、誰にも送ってもらえないんだからタクシーで来るしかないだろう?
そして、オレには金がない。先月のバイト代は、全額、食事券に変わってしまったから。
葵さんは、「馬鹿」とつぶやいて財布を出しながら、オレの尻を蹴った。
財布の代わりと言っちゃなんだが、オレはサマンサタバサのショップ袋を渡した。オレからのクリスマスプレゼント。
中身のサルを見て、葵さんは高級バッグよりも喜んでくれたよ。
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