1 一九一三年七月

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 ノルウェー王ホーコン七世は手帳の中のカレンダーと机の上のノルウェーの地図を交互に眺めていた。あと一週間ほどで七月になる。今年も艦隊を引き連れてドイツ皇帝がやってくるのだ。特に今年は彼の即位二十五周年を祝賀し、またドイツとノルウェーの友好を表するために巨大な銅像を寄贈し式典を実施するのだという。何故そのような意思決定が生まれ実行に移されたのか、ホーコンにはわからなかったが…… 「一体、私は何を祝ってどう話せばいいんだ……」  ノルウェー王はため息交じりに言った。個人的にそれほど楽しくはない式典だが、西ノルウェーのフィヨルド沿いの市町村の住人たちの多くは、毎年ドイツ皇帝とその従者たちの訪問を心待ちにしているのだ。彼らはますます多くの観光客を呼び込むであろうヴィルヘルム二世からの贈り物を喜ぶに違いない。それならば、ホーコンも王として国民の期待には応え、式典を成功させなければならない。  それにしても、とホーコンは内心で呟いた。思い返すと、この八年間の公務を通じての付き合いにおいて、ヴィルヘルムの傲慢さには辟易させられることもあった。そして、恐らくヴィルヘルムもホーコンを軟弱で使命感の無い人間だと見做しているだろう。果たしてこの度も、お互いに表面上の友好を保てるだろうか?
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