1 一九一三年七月

4/5
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 ホーコン七世の不安を他所に、式典の日はやって来た。生憎の曇り空にも関わらず、ドイツ皇帝が連れてきた海軍の軍人たちやそれに合わせるために召集されたノルウェー海軍の兵士たちに加えて、遠方からも見物人が集まっている。 ヴィルヘルム二世が嬉々として両国の友好の重要性や古代ゲルマン民族の偉大さについて演説をぶつのを聞きながら、ホーコンは共に列席した妻の心情を案じてちらりと隣を見た。モード王妃は表情もなく静かに座っていた。どうやら、今回は妻以上に自分の方が動揺しているらしい。  不思議な気分だった。群衆の目がヴィルヘルムの一挙一動を凝視し、彼と共に楽しんでいる。今までホーコンは一度たりとて国民に自分への敬意を要求したことはなく、大衆の前で目立ちたいとも思わなかった。しかし、今この時、彼は自分の立たされている状況に困惑していた。自分は何のためにここにいるのだろう? これではまるで、只の置物ではないか。  ヴィルヘルムはさも素晴らしいことをしたかのように胸を張って挨拶を終えた。次はホーコンの番だ。集まった地元の名士から通りすがりの見物人まで、皆の目は彼に集中した。何も恐れることは無い、普段通りに振る舞えばいいのだ、と彼は自分に言い聞かせ、話を始めた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!