第9章   少しだけ近くに

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夏海さん……。 泣きそうだった彼の顔が、少しだけ綻んだ。 だから私も、微笑み返す。 「冠くんが笑ってくれるだけで、私の心には優しいミルクチョコレート。 でも、ごめんね。私が、気持ちの整理を上手くつけられなくて、 今はまだ、友達以外にはなれそうにないの」 ズルいな――。 彼の気持ちを知らないわけでもないのに、こんな事を言っている自分に 声なく呟く。 だがズルくても、彼と、このまま「サヨナラ」はしたくなかった。 複雑に絡み、口には出せない互いの気持ちが交錯し、 私たちの間を短い沈黙が埋める。 しかし、 ごめんね――。 再び言いかけた私の唇に、彼の指先がそっと触れた。
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