1. 椎名幾の謎

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1. 椎名幾の謎

 そんな決意を持って望んだ、多摩東(たまひがし)高等学校、通称「たまがし」の入学式から2週間余り。  普通の授業が始まったばかりで、まだまだ高校生になった実感も十分に得られてるとはいいがたい。  いつの間にか任されていた保健委員の定例会から戻ると、1-B組の教室は傾いた日が入って夕方感に包まれていた。 「椎名(しいな)くん、とりあえずうちの健康診断の段取りは、また明日以降に話そっか」  同じく気がつけばなっていたらしい保健委員の相方さんが、机と鞄の中身をチェックしながらちらっと僕を見る。  名前はたしか、湯浅深桜(ゆあさみおう)さん、だったと思う。  背は僕と同じくらいあって細身。快活で頭が良さそうなイメージ。  でも今はその表情や声から、保健委員が思ったほど楽じゃなさそうというちょっとした落胆が滲んでいた。 「う、うん。保健委員ってこんなすぐ大役が来るんですね」 「やることあんまなさそうって思ったんだけどなあ」 「一年に一回だろうし、終われば楽かもしれません」 「お、意外とポジティブシンキンなんだ! ……椎名くんのファーストネームなんだっけ?」  今の僕の発言がそんなに特異ものと思えないけれど、湯浅さんはさっきより少しだけ「僕に興味があります」という雰囲気を醸し出した。 「幾(いく)、です」 「……なら、『いっくん』って呼んでおーけー?」  僕が頷くと、湯浅さんはにっこり笑って人差し指を立てた。  表情がくるくる変わって、かわいらしい。  というか普通にかわいい女の子なんだと意識してしまうと、面と向かっているのが急に恥ずかしくなってしまう。 「それじゃあ、いっくん。しーゆー!」  教室のドアを豪快に開け閉めして、湯浅さんは帰っていった。  その勢いとかわいさに押されて、力なく右手を振る僕を残して。
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