1. 椎名幾の謎

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 「ポジティブシンキング」なんて人から言われたのは初めてだった。なんとなく所信表明的にはいい評価がもらえた気がして嬉しいけれど。  さっきは、湯浅さんがそういう類の言葉を求めていると表情やしぐさから感じたからであって、本来の僕はどちらかというとネガティブ寄りのはずなのだ。 「ふう……」  教室を後にして校舎わきの自転車置き場に向かう頃には、さらに日の傾きが増していた。  ここから見る夕焼けが綺麗だとわかったことが、今日の大きな収穫。  まだまだ高校生活は新しいことの連続で。  しいて慣れてきたことといえば、自転車で走る川沿いの道によく見る風景が多くなってきたことくらい。  でもまだ、別の道を探すほど飽きたりもしてない。ほどよい距離感。  少し向こうに目を移すと、川面に映る光が穏やかにたゆたう。  自分と自転車の影が、うっすらオレンジ色に染まる土手にちらちらするのがなんだか心地いい。  ……とか悠長なことを言ってる余裕はないんだった。  18:00には「ノーデポ」に行かないと!  後はひたすらペダルをこぐ作業に集中した。  「ルーエドルフ アム タマガワ」  ちょっと覚えにくいこの単語は、僕がこの春に越してきた建物の名前。  いわゆる大規模マンションで、総戸数は800を越える。  都心部のタワーマンションみたいな高さはないけれど、敷地はそれなりに広い。緑が多めの公園とかスーパー、コンビニなど複合施設もあって、駅前まで行かなくても暮らせるのがここの強みだろうか。  そして何よりも、マンションの隣を流れる多摩川のゆったりした流れが、一日の疲れを癒してくれる。
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