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「川崎さん、ここ!」
新聞を握った手を振る彼は。
オヤジ連の中で浮きまくる王子様。周りの喧騒なんぞ吹き飛ぶね。
この一ヶ月、お色は鼠色ばっかのお着物姿しか見たことございませんでしたが、今日はタートルネックの白いセーターに黒の革ジャン、カーキのチノパンですか。フツーなのに決まってる。
俺はヨレたスーツにダウンジャケット。まあこんなもんだろう。
「下調べはしたんですが、どう買えばいいんですか?」
「好きなの買ってください。単でも複でも枠だろうが馬連だろうが」
もはや諦めた。
ここは中山競馬場。
出ない。経費は。取り合えず、頼んではみるが。
「心配しなくても、自分で出しますから」
にっこりと微笑まれ、俺を馬券売り場へ引っ張る。
「いや、まずパドック行きましょう」
取材だから。一通り回らないと。
「パドックって?」
調べたんですよね、ちゃんと。
「競馬中継見たことは?」
「そんなのやってるんですか?」
先生の目がまんまるになる。
思わず、吹き出した。
「普通にテレビとかでやってますよ。専用の有料チャンネルもありますが」
「そうなんですか」
変に感動されてしまった。
「あ、あれがパドックですか?わ、馬が歩いてる」
「出走前にここで歩かせて、馬慣らすんですよ。買う方も馬の状態が確認できるし」
「………綺麗だ」
思わず先生を振り返れば、陶然と馬の毛ヅヤを見つめている。
今日は、ここで馬眺めてれば満足しそうな勢いだ。
スマホのサイトでオッズや評価なんかがチェックできるとか、ネットなら2分前、売り場なら一分前でも馬券は買えるとか。
いろいろ説明するが聞いてんのかね?
パドックの馬から目が離れない。
「最終レースだけ買います」
それでいいと思う。取材がメインだし。
出走馬がゲートに向かう。
「走るの見なきゃ」
コースに走っていく。
お子様………
フッと頬が緩む。いけね、追いかけんと。
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