………あの。

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ハアー。 今日何度目の溜め息だ?正直気が重い。今日の訪問どうすっかな。仮病使ってキャンセルすっか? いやいや、仕事は仕事だ。しかし聞いてた話と違うんだよな、あの先生。 「どう?当間先生。楽でしょう、彼」 「幸子先輩………」 ん?どうしたって顔をされても。どう説明したらいいんだ? 「ほんとは大抵新人か、ややこしい作家抱えてるヤツが彼の担当になるのよね。彼、原稿綺麗に上げるから」 そう、俺もそう聞いた。 こちらの要望にほぼ完璧に答えてくれてスケジュール通りに仕上げてくれる。担当は時間通りに訪問し、定時に原稿を入れられる。急な依頼もよっぽどでない限りさくさく仕上げてくれる上、マルチにナンでも書ける、まさしく地獄に仏のような作家様。担当が変わっても取り立てて文句も出ない為、うちの社も好きにやらせてもらってるらしい。 だから俺みたいに中堅の、何人も若いライトノベル作家抱えててかなり忙しいヤツが当たるのは珍しい。ナンかあったのか? 急に担当引き継ぎの話が来て、慌ただしく顔合わせに行ったのが一ヶ月前。 東京に近い千葉の渋い日本家屋にお一人でお住まいの、俺より一つ上の32歳、花の独身。イケメン、売れっ子、大学在学中に純文学のデカい賞を取って以来、引っ張りだこ。 ヤダネエ、男の敵。 「初めまして、川崎誠と申します」 座卓を挟んで名刺を差し出したところ、先生はうっすらと微笑んだ、気がする。細くて長い手が名刺を受け取り、引き際に右の人差し指で俺の左手の甲をスルッと撫でた。 大して気にも留めていなかったが、ソレがセクハラ?パワハラ?の始まりだった。
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