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機嫌が悪かったはずの先生が、競馬場を後にした途端ご機嫌になった。
「馬だけ見てても楽しかったですね」
出走前のウォーミングアップや返しですら、集中してたっけ。ゲートで暴れてる奴をなだめたり、すかしたり、強引に押し込む様を、息してんのかよってくらいの勢いで見つめていた。
………俺レース全く見てねえな。気がつけば先生見に来たみたいだって。まあ取材のお供だし。
「あんなに綺麗な栗毛の馬が、走った後は汗で濡れてツヤのある黒馬に見えました。筋肉が固く締まって美しくてなまめかしかった。もう首にしがみついて舐め回したい」
頬杖をつき、うっとりと語る先生のビールは、ほっとかれてるうちに泡がどっか行った。
なんちゅう色っぽい目をするんだ。ビールを口に含みながら視線は下に、首だけ動かす。
店内を見渡せば。
ここにしましょうと先生に手を引かれて入った居酒屋だが、なかなか当たりかも。
年期の入った飴色の柱や板襖が使われた田舎の農家風。
座敷で足を伸ばす先生様はまだ興奮状態らしく一人でしゃべってる。無口な方でないのは分かりきってるが、今日は店に入ってからノンストップだ。
「貴方も綺麗でしょうね、きっと」
「………はい?」
ナンのこっちゃ。
先生がグラスに口をつけながら舌を出す。そのままグラスの淵をペロリ。
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