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「疲れた…もうイヤだ…」
母がそう言ったのはもう十何年も前の話になる。当時小学1年生だった私はその言葉を今も鮮明に覚えている。30歳にも関わらず白髪の目立つボサボサの髪に、痩せこけた身体と隈の出来た目元は、どこからどう見ても50過ぎのお婆さんにしか見えなかっただろう。
翌日学校から帰宅した私が見たのは、狭い1DKのボロアパートの一室で首を吊った母の姿だった。悲しみもなくただこうなると思っていた、と幼いながらに母の心境を理解していた気もする。
「おつかれさま、おかあさん」
そんな声をかけたと思う。この言葉かどうかは定かではないが、そんなニュアンスだった気がする。もう昔の話なので一字一句覚えていないことは許してほしい。
――何故、今更になってこんなことを日記に書きとめているかは後々お話ししよう。取り敢えず、この薄っぺらいノートを読んでいるなら先を見てほしい。
そこからは親戚の家を渡り歩いた。たらい回しというやつだ。残念ながら父は私を産んだ直後に離婚をしていたらしく、記憶の片隅にも断片ですらない。母の身内を転々としていたわけなのだが、ここでも一人疲れた人がいた。
「もう無理よ…」
母の姉だった。優しく気丈できっと母の精神的負担がなかったのならば、こんな人だったのだろうと思えるほど、顔もよく似ていた。しかしそんな彼女にも不運が訪れた。夫が交通事故で寝た切りになってしまったのだ。
懸命に働き、私と自分の子を養うので頑張っていた。私はその頑張る背中を知っていた。貧困になるまいと、子供に苦労をかけまいと朝夜問わず働くその姿を、よく知っていた。その叔母もそう言った翌日にはやはり首を吊って死んでいた――自分の子供と一緒に。
「一緒にいったんだね、おつかれさま」
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