第1章 サイレントプリンスとの邂逅

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知り合いがそこにいる。いや正確に表現すると多分知り合いとは言えない。こっちは彼を知ってるが、恐らく向こうはわたしを認識しないだろう。単に同じクラスだっていうだけ、口を利いたことも視線を合わせたこともない。 内心ちょっと躊躇する思いだった。こんな狭い空間で、こういう中途半端な関係の相手と行き合うのが正直面倒くさい。彼がわたしを知ってると判断する根拠は何もないけど。だからと言って棚の間ですれ違う時に何の反応もなし、まるっきり無視していいのか?と悩む。なんといっても相手の存在に気づいてない振りはできない。身体を縮めないとお互い通過できないし。その時に同じクラスの人を無言でスルーしちゃったら、二度と声をかけたりしづらくなること請け合いだ。 このまま何か用事を思い出した態ですっと出て行っちゃおうかな。どうせ大した収穫も見込めないし。 一瞬そこまで考えたけど、改めて思い直す。 相手が普通の単に無口なクラスメイトだったら確かに面倒な事態かもしれないけど。 推測だけど、多分彼はわたしのこと全然覚えてないんじゃないかな。向こうは他人と全くコミュニケーションを取らない人物ながら教室ですごく目立つし、わたしのみならずクラス全員から間違いなく認知されてるけど、わたしの方は特に特徴もなく人の群れの中で何処か際立つところもない。あんなに他人に関心を示さない人がこっちを見分けられると思う方がどうかしてる。 それに。わたしは店内に縮めた身を割り込ませながら密かに考える。きっとあの人なら、クラスメイトに無視かつスルーされても特に気に病んだりしないだろう。第一自分が普段誰に対してもそうしてるってのに、同じことされて傷つくってのも変な話だし。 むしろ親しくもない人に声かけられることの方が嫌がるはず。つまり、わたしがこの人、文学部2-Bの無言王子こと高梨光くんを存在しないものとして素通りしても何処にも角は立たないってことだ。過剰に神経質になるほどのことはない。 今後も恐らく彼との接点ができることもないだろうし。語学の教室が一緒になるくらいの関係でしかない、この先も。 わたしは軽く肩を竦め、ごく平静な態度で棚の間に身体を滑り込ませた。勝手知ったる棚を隅から順にざっとサーチしていく。何か前回見落とした本が残ってたらいいなあ、と微かな期待を持つがなかなか。…わたしの眼力も侮れない、これで。
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