幸せになりたかった女

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「初めてだと一本も吸えないでしょうし、なんなら僕の吸いかけで味見してみては?」  あまりにも自然に有加里の目の前に差し出される吸いかけの煙草。  まだ若い彼の形の整った綺麗な口が弧を描く。 「さ。遠慮なさらずに」  ここで「間接キスになる」と思って断る方が、逆に変に意識しているようなので、有加里は心臓をバクバクさせながらも、何でもないようなフリをして、煙草を手に取った。  先程、成瀬が吸っていたのを見よう見まねで、ゆっくりと静かに吸い込む。  煙草を吸う事自体が初めての経験。  煙は肺にまで届くこと無く吐き出されるが、鼻に抜けるような柔らかな香りと、口内に感じるまろやかさに、何故か心が落ち着いた。 「初めてなのに咽ないなんて、有加里さんは、この煙草と相性がいいのかもしれませんね」  味見させて貰っただけだと言うのに、再度フィルターに口をつけようとする有加里を見て、「気に入ったようですね」と言って、成瀬はポケットから赤い小さな包みを出した。 「今日の分はこのシガレットケースに入っているので、こちらは有加里さんに差し上げます」  まだ封すら開けていないソレには『Captain Black SWEET CHERRY』と書かれてあった。
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