幸せになりたかった女

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 あの日は前もって何時に訪ねるかも伝えてあったので、彼女もかなりノリ気であった。  摘まみの追加を持ってくると言って席を立ったところで、ワイングラスに睡眠薬と共にワインを注ぐ。  彼女は睡眠薬入りのワインを飲みながら健の文句をいいつつも、でも好きなのだと話しながらソファーに倒れた。  アルコールと一緒に飲む睡眠薬は利きやすい。  そこから自分の居た痕跡を全て消し、彼女の顔からメガネを外した。  紺色のテーブルクロスの上に眼鏡を置き、カーテンを開ける。  眼鏡に光が辺り、テーブルクロスの上に2つの光が丸く集まる。  そこに持っていたライターで火をつける。  勿論。  忍ばせておいたウォッカの瓶を倒して…… 「これなら当分、俺に再婚しろとは言わないだろ」  ニヤリと口元を緩める健の顔に、甘えたように自分の頬を擦り付ける成瀬は「そりゃあそうでしょー。大切な奥様の為に仕事を頑張っていたことが、彼女を精神的に追い詰め、アルコールと睡眠薬を常用するような状態にさせてしまった。あ、げ、く……」と言って、イヤらしく口角を上げた。 「家も妻も失っちゃったんだもーん。悲劇の主人公には誰も何も言えないさぁ」  ケラケラと声をたてて笑う。  そんな彼を見て健は、「家にも妻にも保険がたんまりかけてある。家はまたすぐに手にはいる。それに、妻はいなくても……な?」と成瀬を抱き寄せた。  甘い香りが漂う部屋で2つの黒い影が絡み合った。
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