1.黒猫と化狸

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 小学六年生まで北海道で暮らしていたせいか寒さには強い方だ。  しかし、高いビルが立ち並ぶ都市の寒さは北海道のそれとはまた種類が違う。  気温そのものはそれほどでもない。  ただ、風が強い。そして冷たい。   今通る道を歩くようになってから二年は過ぎた。  毎日とは言わないが、それまでよりは頻繁に通るようになっている。  普段は通り過ぎている自販機が今日に限ってやけに目についた。  少し迷った挙句自販機の前に止まり、ホットレモンのボタンを押す。  手のひらにぬくもりを感じながら今度は迷わずに再び小銭を投入し、ホットココアを選択した。  今日着てきたコートは先日買ったばかりのスリムなタイプで、両ポケットに入れた缶が明らかにぽこんと飛び出している。  煌々とまではいかなくとも街灯に照らされたシルエットはひどく不格好だろう。  でも、気にしない。  約束の相手が働く店の目と鼻の先にあるベンチに座った。  二月の夕方となればかなり冷えていて、厚めのコート越しにも冷たさがよくわかる。  ベンチ脇にあるポールと共に立っている時計を仰ぎ見ると、六時まであと五分程度。  待ち合わせの相手は六時までのシフトだから、缶一本飲む時間はあるだろう。  左ポケットからホットレモンを取り出すと、両手で包み込みながら息を長く吐いた。  完全な闇になる前の空に微かな白い靄が溶けていく。
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