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微かに笑ったような気配がして、ちらりとそちらを見る。
くすくす、という漫画のような擬音がこれほど似合う笑い方をする人間を見たことがないかもしれない。
視線を向けてしまった事自体を激しく後悔した。
目が合うと上品に笑いを止める。その仕草がまた胡散臭い。
「いやあごめんね、面白い人だなと思って」
「………」
先ほど以上にこの男との会話の必要性を感じなくなり、時計を確認する。
ちょうど五分は経ったところだった。
葵の身支度はかなり早い。
そして私を待たせていると思えば急ぐことも簡単に予想できる。
きっともうすぐ来るだろう。
そしたらこの胡散臭くて失礼な男ともさよならだ。
両手に包まれた缶が少し冷めはじめていることに気づき、一気に飲み干した。
ポケットの中にあるココアを手でそっと確かめるとまだ温かいことにほっとする。
深いポケットという事もあり外の空気に触れていないため、温度が保たれているらしい。
「それ、瀬上さんに?」
「………」
「本当猫っぽいね。瀬上さんも言ってたけど。警戒心強いところとか」
「………」
誰に対してもこんなに無愛想というわけではない。
確かに愛想はいい方ではないが、こんな失礼な男相手に警戒を解けと言う方が難題すぎる。
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