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ぽんぽんと出てくる悪態と叫びが、ぷつりと止まった。
胡桃色の大きな目は俺だけを映しうるうると潤んでいる。それは、降りやまない雨と――鼻先にやんわりと噛みついた俺のせいか。どっちかな。
「か、噛んだ!?」
あっさりと出た答えは後者で。
その事実に、胸の奥がむず痒く感じた。
「で? どこに行きたかったんだ?」
「へ?」
「散歩。行きたいところがあったんだろう?」
「だって、このまま帰るんじゃ……」
「……小さいあんたに手を引かれてるのがいやだっただけだ」
「あら素直」
「うるさい」
レナの声真似をしながらクレアは笑い、俺の首筋に腕を回してきた。
互いの距離が、ぐっと近づいた。
「ああ私の騎士様。どうかあの丘まで連れて行ってくださいまし」
「……了解」
「ちっがーう! そこは『おお我が愛しの姫よ。願いを叶えて差し上げましょう』って答えるのー」
「……いやだ」
「早く」
「……おお わがいとしのひめよ ねがいをかなえてさしあげましょう」
「んんんんん」
出来に不満だらけの顔をしてはいるが、言ったこと自体は嬉しいようで頬を赤く染めてちらりと見上げてきた。
……喜んでいるのはいい。いい、が。今度から本のチェックをしよう。ラブロマンス系はできるだけ遠ざけよう。
そう決意し、クレアを抱え直す。
お姫様はこの雨の中、街の外れにある小高い丘へ行くことをお望みのようだ。
「……風邪引いても文句言うなよ」
「うん! 一緒にベッドですやすやしよーう!」
「……はあ」
言葉の意味を判っているのかいないのか。
クレアは、ふたりでの「散歩」が楽しみで仕方ないらしい。
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