1 生きてる光と死んでるひかる

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「光、どうしたの?」  びっくりしたようなお母さんの声が聞こえてくる。   「ばかねえ。あたしの声はあんたのお母さんには聞こえないけど、あんたの声はふつうに回りに聞こえてるのよ」  光はあわてて、両手で口をふさいだ。    これじゃ、家の中ではひかると言い争いをすることもできない。   「と、とにかく、ぼく、もう学校行くから。ぼくが帰ってくるまでに、この家から出てってよ!」 「無理よ。あたし、ずーっとあんたにとりついてるって、決めちゃったもん」 「そんな……っ!」 「あ、さすがにトイレやお風呂はのぞかないから。そのくらいのプライバシーは守ってあげる。着替えの時もね」  ほら、早く着替えなさい、と、ひかるはぱっと後ろを向いた。    しかたなく、光はもそもそと着替え始めた。   「終わった? ほんと、あんたってとろくさいのねえ」 「ねえ。もしかして、学校までついてくるつもり?」 「当然じゃない」  にっこり笑って、ひかるはうなずいた。   「あんたのことは、なんでも知っておかなくちゃね。入れかわった時に、よけいな失敗しなくてすむようにさ」  光は黙りこんだ。  もう、なにを言ってもむだみたいだ。光がなにを言ったって、ひかるは光のそばを離れないだろう。    ――いいさ。勝手にしろよ。  胸の中で、光はやけっぱちにつぶやいた。    学校でもどこでも、ついてくればいい。そして、全部見ればいいんだ。  ぼくがいつも、クラスでどんな思いをしているか。    それがわかれば、ひかるだって絶対に、光と入れかわろうなんて思わなくなるに決まってる。    ――そうさ! わけもなく自殺したいなんて、思うもんか!!    光は、机の横にほうりだしてあったリュックを手に取った。  時間割をたしかめ、必要な教科書やノートをリュックにつめこむ。   「あら。どうしたのよ。急に静かになっちゃって」 「だって、ぼくの声はふつうに聞こえるんだろ。ひかるの声は誰にも聞こえないのに、ぼくがひかるに話しかけてたら、ぼくはブツブツ一人言ばっか言ってる、キモいヤツになっちゃうじゃん」 「そりゃまあ、そうだけど。でも、あたしとあんたしかいない時だったら――」 「とにかく。ぼくは、学校じゃひかるを無視するからね。そうしろって言ったのは、ひかるなんだから」  ふうん、と、ひかるはつまらなさそうに光を見下ろした。    光はもう、返事もしなかった。
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