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「光、どうしたの?」
びっくりしたようなお母さんの声が聞こえてくる。
「ばかねえ。あたしの声はあんたのお母さんには聞こえないけど、あんたの声はふつうに回りに聞こえてるのよ」
光はあわてて、両手で口をふさいだ。
これじゃ、家の中ではひかると言い争いをすることもできない。
「と、とにかく、ぼく、もう学校行くから。ぼくが帰ってくるまでに、この家から出てってよ!」
「無理よ。あたし、ずーっとあんたにとりついてるって、決めちゃったもん」
「そんな……っ!」
「あ、さすがにトイレやお風呂はのぞかないから。そのくらいのプライバシーは守ってあげる。着替えの時もね」
ほら、早く着替えなさい、と、ひかるはぱっと後ろを向いた。
しかたなく、光はもそもそと着替え始めた。
「終わった? ほんと、あんたってとろくさいのねえ」
「ねえ。もしかして、学校までついてくるつもり?」
「当然じゃない」
にっこり笑って、ひかるはうなずいた。
「あんたのことは、なんでも知っておかなくちゃね。入れかわった時に、よけいな失敗しなくてすむようにさ」
光は黙りこんだ。
もう、なにを言ってもむだみたいだ。光がなにを言ったって、ひかるは光のそばを離れないだろう。
――いいさ。勝手にしろよ。
胸の中で、光はやけっぱちにつぶやいた。
学校でもどこでも、ついてくればいい。そして、全部見ればいいんだ。
ぼくがいつも、クラスでどんな思いをしているか。
それがわかれば、ひかるだって絶対に、光と入れかわろうなんて思わなくなるに決まってる。
――そうさ! わけもなく自殺したいなんて、思うもんか!!
光は、机の横にほうりだしてあったリュックを手に取った。
時間割をたしかめ、必要な教科書やノートをリュックにつめこむ。
「あら。どうしたのよ。急に静かになっちゃって」
「だって、ぼくの声はふつうに聞こえるんだろ。ひかるの声は誰にも聞こえないのに、ぼくがひかるに話しかけてたら、ぼくはブツブツ一人言ばっか言ってる、キモいヤツになっちゃうじゃん」
「そりゃまあ、そうだけど。でも、あたしとあんたしかいない時だったら――」
「とにかく。ぼくは、学校じゃひかるを無視するからね。そうしろって言ったのは、ひかるなんだから」
ふうん、と、ひかるはつまらなさそうに光を見下ろした。
光はもう、返事もしなかった。
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