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さっさとしたくをして、部屋を出る。
キッチンには、朝ご飯の用意ができていた。
「いただきます」
ぼそぼそとつぶやいて、光はトーストにかじりついた。
食欲なんて全然ないけれど、機械的に食べ物を口に入れ、飲み込む。
そのあいだにお母さんも、会社に出勤する用意をしている。スーツに着替え、きれいにお化粧をする。
玄関を出るのは、たいがい二人いっしょだ。
光の家は、賃貸マンションの一室だ。2LDK、けして広くはないけれど、二人で住むには充分だ。
いや、お母さんのお給料では、これ以上広い部屋に住むのは無理だ。
「気をつけていってらっしゃい。お母さんも、今日はできるだけ早く帰ってくるから」
「うん、わかってる」
「忘れ物はない? 家の鍵、ちゃんと持った?」
お母さんの言うことは、いつも同じだ。
「この前みたいに、学校で鍵を失くしたりしないでね。合い鍵つくるのだって、お金かかるんだから」
――違うよ、お母さん……と、言いかけて、光はぎゅっと唇をかんだ。
本当のことをお母さんに言って、どうなるだろう。
どうにもならない。ただ、お母さんを哀しませるだけだ。
「うん。わかってる」
光はいつもと同じく、ただそれだけを答えた。
「携帯もちゃんと持ってるわね? ああ、もうバスに遅れちゃう。じゃあね、光。車に気をつけるのよ」
お母さんは腕時計を見ながら、マンションの階段をあわてて駆け下りていった。
「ぼくも……行かなくちゃ」
一言つぶやいて、光も歩き出した。まるで足を引きずるように。
「ちょっと、どうかしたの? あんた、学校行きたくないの?」
頭の上、ややななめうしろにふわふわ浮かんでいるひかるの声にも、なにも答えない。
うつむいて、だまって、歩き続ける。
「今日、テストでもあんの? あ、わかった。インフルエンザかなんかの予防接種でしょ。あんた、度胸なさそうだもんねえ」
――ついてくれば、わかるさ。
市立明京小学校、六年B組。
朝のホームルームが始まる前の教室は、動物園みたいな騒がしさだ。
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