1 生きてる光と死んでるひかる

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 まるで見てはいけないものを見てしまったみたいに、あわてて光から目をそらしながら。    ――だいじょうぶ。ほら、誰もぼくを止めやしない。    ぼくが死んだって、誰もなんとも思わない。    いいや、ぼくが死ねば、きっとみんなうまくいくんだ。    のろのろと、光は立ち上がった。    リュックを足元に置き、錆びて、塗装のはげたらんかんに、手をかける。  らんかんは高いけれど、あちこちに大きなビスや金具の出っぱりがあって、うまく足をかければ乗り越えられそうだ。    ふるえる爪先を、金具のかどに乗せる。    ――遺書……、どうしようかな。やっぱり、書こうかな。    遺書がなかったら、光の死は自殺としてあつかわれないかもしれない。  でも、そのほうがいいかもしれないと、光は思った。    一人息子が自殺したと知るより、ぐうぜん事故で死んでしまったと思っているほうが、お母さんはまだ気がらくなんじゃないだろうか。    お母さん。お母さん、寂しがるかな。ぼくがいなくなったら。    ――だめだ。だめだ、よけいなこと考えちゃ。  ぐずぐずしてたら、どんどん踏ん切りがつかなくなる。    勇気があるうちに、飛び降りるんだ。  そうすれば、みんな、終わる。    全部、らくになれるんだから……!   「ねえあんた、死にたいの?」  突然、高い声がした。   「自殺するの? じゃあそのからだ、いらないんだ? だったらあたしにちょうだいよ」 「――え?」  光はふりかえった。    冷たく、鉄みたいなにおいのする風が、一気に光の全身をおしつつむ。  ぞうッと、足の先から頭のてっぺんまで、からだ中の皮膚が鳥肌立った。髪の毛まで全部、逆立つ。   「あんた、そのからだ、いらないんでしょ? だったらあたしがもらっても、いいよね?」  そこには、全身を真っ赤に染めて、右肩から腰、右足までをぐちゃぐちゃにつぶされた、若い女の幽霊が立っていた。    長い黒髪の下、奇妙なくらいきれいな左半分の顔で、幽霊がにィッと笑う。  光に向かって、右手をさしのべて。その手は、手首から先が奇妙な角度に折れ曲がり、おもちゃみたいにぶらぶら揺れていた。   「ね、ちょうだい?」  光は返事ができなかった。  そのまま、白目をむいて気絶した。  気がついた時、光は見慣れた自分の部屋にいた。  
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