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けろりとして、幽霊は言った。
「ね。あんた、名前は?」
「い、井上 光……」
つい、光は答えてしまった。
「ヒカル? ヒカルくん? ぐうぜんね、あたしもひかるっていうのよ!」
「……だから、いやなんだ」
幽霊に聞こえないよう、光はこっそりつぶやいた。
「え? なんか言った?」
「だから――きらいなんだよ、この名前! 光なんて、女みたいじゃないか!」
言ってから、光はしまった、と思った。
こういうことを言うと、大人は必ず、
「そんなことを言ってはいけません」
「お父さんとお母さんがいっしょうけんめい考えてくれた名前です、もっと大切にしなくちゃ」
と、叱るのだ。
だが幽霊――ひかるは、にやにや笑って、こう言ったのだ。
「そんなにいやなら、別の名前にすれば?」
「えっ!? できるわけないじゃん、そんなこと」
「かんたんよぉ。別の名前を使う仕事につきゃあいいのよ。わかりやすいのは、マンガ家とか小説家とか、ものを書く仕事ね。たいがい、ペンネームってのを使うじゃない。その仕事で一流になれば、誰もあんたを本名で呼んだりしないわよ。ペンネームが、あんたにとって一番重要な名前になるんだもの」
「ペンネーム……」
「ま、戸籍上の名前は、よっぽどの理由がないかぎり、変えられないけどね。……て、関係ないか。あんた、どうせ死ぬんだもんね」
ひかるは身を乗り出すように、ふうっと光の目の前まで近づいてきた。なんだか、とてもわくわくしてるみたいな表情だ。
「でもさ、同じ死ぬんでも、飛び降りや交通事故はやめなさいよ。アレは痛いわよぉ。からだもつぶれてめちゃくちゃになっちゃうし。経験者が言うんだから、まちがいない!」
「う……」
たしかに、その言葉には説得力があった。あの血まみれのひかるの姿を見ているだけに、なおさらだ。
「それよりも、もっとらくな方法があるよ。あたしとあんたが、入れ替わるの」
「いれかわる!?」
「そう。あたしがあんたのからだに入って、あんたは今のあたしみたいに、魂だけの存在、つまり幽霊になるわけ。幽霊になるんだから、死んだも同じ、自殺したいっていうあんたの希望もかなえられるんじゃない?」
「そ、そりゃ、そうかもしれないけど……。でも、どうやって?」
ひかるはちょっと考えこんだ。どう説明すればいいのか、困っているらしい。
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