1 生きてる光と死んでるひかる

6/24
前へ
/24ページ
次へ
 けろりとして、幽霊は言った。   「ね。あんた、名前は?」 「い、井上 光……」  つい、光は答えてしまった。   「ヒカル? ヒカルくん? ぐうぜんね、あたしもひかるっていうのよ!」 「……だから、いやなんだ」  幽霊に聞こえないよう、光はこっそりつぶやいた。   「え? なんか言った?」 「だから――きらいなんだよ、この名前! 光なんて、女みたいじゃないか!」  言ってから、光はしまった、と思った。  こういうことを言うと、大人は必ず、 「そんなことを言ってはいけません」 「お父さんとお母さんがいっしょうけんめい考えてくれた名前です、もっと大切にしなくちゃ」  と、叱るのだ。    だが幽霊――ひかるは、にやにや笑って、こう言ったのだ。 「そんなにいやなら、別の名前にすれば?」 「えっ!? できるわけないじゃん、そんなこと」 「かんたんよぉ。別の名前を使う仕事につきゃあいいのよ。わかりやすいのは、マンガ家とか小説家とか、ものを書く仕事ね。たいがい、ペンネームってのを使うじゃない。その仕事で一流になれば、誰もあんたを本名で呼んだりしないわよ。ペンネームが、あんたにとって一番重要な名前になるんだもの」 「ペンネーム……」 「ま、戸籍上の名前は、よっぽどの理由がないかぎり、変えられないけどね。……て、関係ないか。あんた、どうせ死ぬんだもんね」  ひかるは身を乗り出すように、ふうっと光の目の前まで近づいてきた。なんだか、とてもわくわくしてるみたいな表情だ。   「でもさ、同じ死ぬんでも、飛び降りや交通事故はやめなさいよ。アレは痛いわよぉ。からだもつぶれてめちゃくちゃになっちゃうし。経験者が言うんだから、まちがいない!」 「う……」  たしかに、その言葉には説得力があった。あの血まみれのひかるの姿を見ているだけに、なおさらだ。   「それよりも、もっとらくな方法があるよ。あたしとあんたが、入れ替わるの」 「いれかわる!?」 「そう。あたしがあんたのからだに入って、あんたは今のあたしみたいに、魂だけの存在、つまり幽霊になるわけ。幽霊になるんだから、死んだも同じ、自殺したいっていうあんたの希望もかなえられるんじゃない?」 「そ、そりゃ、そうかもしれないけど……。でも、どうやって?」  ひかるはちょっと考えこんだ。どう説明すればいいのか、困っているらしい。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加