1 生きてる光と死んでるひかる

7/24
前へ
/24ページ
次へ
「とにかく、やってみればわかるわよ。さっきはうまくいったんだから」 「さっき?」 「言ったじゃない。気絶してひっくりかえったあんたのからだを、あたしが動かして、ここまで連れてきたって。つまり気絶したあんたのからだの中にあたしが入って、あたしの意志どおりに、そのからだを動かしたのよ」 「そんな! 人のからだ、勝手に使わないでよ」 「じゃあなあに、あのまま何時間も、歩道橋のまんなかにひっくり返っていたかったっての!? ひとがせっかく親切にしてあげたってのに!!」  かんしゃくを起こしたみたいに、ひかるは大声をはりあげた。  そしていきなり、両手を光へ向かって突き出す。 「あーもう、ごちゃごちゃうるさいっ! あんたはとにかく、じっとしてりゃいいのよ!」  ひかるの手が、まっすぐ光の目の前に突き出された。指先をそろえ、まるで光の両眼をえぐろうとするみたいに。いや、水泳の飛び込みみたいに。   「うわっ!?」  光は思わず、ぎゅっと目をつぶってしまった。    その瞬間、異様な感覚が光をおそった。    からだを内側からねじられるような、ひっくり返されて全部裏返しになるような。からだ中の毛という毛が、全部上に向かってひっぱられているみたいだ。  痛くて苦しくて、ぐらぐらめまいがして。脱水中の洗濯物が、きっとこんな気持ちだろう。    そして、ぱっと目をあけた時。  目の前には、光自身がいた。    ベッドに座り、にやっと笑って宙を見上げている。   「えっ!? ぼ、ぼく!?」  まちがいない。そこにいるのはたしかに光だった。    ――じゃあ、ここにいるのは!?  光はあわてて自分のからだを見回した。    目の前にかざした両手は、半分透けて、向こう側に部屋の光景が見えていた。……さっきのひかるとまったく同じく。   「どう? 幽霊になった気分は」  光が――いや、ひかるが言った。    ひかるの説明したとおり、光の意識は自分のからだから追い出されてしまったらしい。今、光のからだに入っているのは、ひかるの意識なのだろう。    目の前にあるのは、光の顔、光のからだ、着ている服だって、なにひとつ変わっていない。  でも。    ……ぼく、こんな顔、してたっけ?    どうだ、見たかというような表情をして、にやっと自信ありげに笑うその顔は、鏡や写真で見るいつもの自分とは、まったく違う。まるで別の人間みたいだ。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加