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「とにかく、やってみればわかるわよ。さっきはうまくいったんだから」
「さっき?」
「言ったじゃない。気絶してひっくりかえったあんたのからだを、あたしが動かして、ここまで連れてきたって。つまり気絶したあんたのからだの中にあたしが入って、あたしの意志どおりに、そのからだを動かしたのよ」
「そんな! 人のからだ、勝手に使わないでよ」
「じゃあなあに、あのまま何時間も、歩道橋のまんなかにひっくり返っていたかったっての!? ひとがせっかく親切にしてあげたってのに!!」
かんしゃくを起こしたみたいに、ひかるは大声をはりあげた。
そしていきなり、両手を光へ向かって突き出す。
「あーもう、ごちゃごちゃうるさいっ! あんたはとにかく、じっとしてりゃいいのよ!」
ひかるの手が、まっすぐ光の目の前に突き出された。指先をそろえ、まるで光の両眼をえぐろうとするみたいに。いや、水泳の飛び込みみたいに。
「うわっ!?」
光は思わず、ぎゅっと目をつぶってしまった。
その瞬間、異様な感覚が光をおそった。
からだを内側からねじられるような、ひっくり返されて全部裏返しになるような。からだ中の毛という毛が、全部上に向かってひっぱられているみたいだ。
痛くて苦しくて、ぐらぐらめまいがして。脱水中の洗濯物が、きっとこんな気持ちだろう。
そして、ぱっと目をあけた時。
目の前には、光自身がいた。
ベッドに座り、にやっと笑って宙を見上げている。
「えっ!? ぼ、ぼく!?」
まちがいない。そこにいるのはたしかに光だった。
――じゃあ、ここにいるのは!?
光はあわてて自分のからだを見回した。
目の前にかざした両手は、半分透けて、向こう側に部屋の光景が見えていた。……さっきのひかるとまったく同じく。
「どう? 幽霊になった気分は」
光が――いや、ひかるが言った。
ひかるの説明したとおり、光の意識は自分のからだから追い出されてしまったらしい。今、光のからだに入っているのは、ひかるの意識なのだろう。
目の前にあるのは、光の顔、光のからだ、着ている服だって、なにひとつ変わっていない。
でも。
……ぼく、こんな顔、してたっけ?
どうだ、見たかというような表情をして、にやっと自信ありげに笑うその顔は、鏡や写真で見るいつもの自分とは、まったく違う。まるで別の人間みたいだ。
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