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「ウィーンのクリスマスケーキ、『シュトーレン』よ。私の母は、ヨーロッパからアメリカに移民してきたの。だからクリスマス時期になると、よくこのお菓子を焼いてくれたわ。十二月になってから毎日一切れずつ食べてクリスマスに食べきると幸運がくると言われているけど、子供の頃は我慢できなくて、こっそり食べては叱られたわねぇ」
鈴を転がすような声をたて、ママ・グレンダはまた笑った。
「ねぇ、ママ・グレンダ。いくらあたしが役に立たないパートナーだからって、シロンは冷たすぎると思わない? もうちょっと砕けて話してくれるとか、相談してくれるとかあっても良いんじゃないかなぁ」
残り半分になってしまったケーキを名残惜しくかじりながら、あたしは小さくため息をつく。成績優秀で、運動神経の良いシロン。漆黒の髪と鳶色の瞳。オーギュ様の優雅さとは違う、少し野性的で危険な雰囲気が女の子に人気らしい。あたしは別に、何とも思ってないけどね。
「じゃあ、シロン君が弱音を吐いたり泣き言をクドクド愚痴ったら、サイちゃんはどう思うの?」
「えっ、ええっと……」
「心配するでしょう? シロン君は、あなたを心配させたくないのよ」
あたしは思わず、ティーカップを取り落としそうになった。
授業の中で、定期的に行われる適性試験。試験は必ず二人一組で与えられた課題をクリアしなくてはならず、結果如何によって賢者の弟子になれるかどうかが決まる。パートナーを決めるのは賢者様で変更は許されない。十五歳で入学して二十歳まで弟子になれない場合は五年間、同じ相手と行動することになるのだ。
シロンは、競争率の高い『時の賢者』の弟子を狙っている。
『十三賢者』の頂点に立ち、すべての時間の流れと歴史の運命を決定する『時の賢者』。他の十二賢者は『時の賢者』に従い、あらゆる出来事を調整しているにすぎない。そして『時の賢者』だけが時間と空間を超え、人間界の者をこの世界に連れてくることが出来る。
十七世紀のフランスで、魔女の疑いを掛けられたシロンのお母さんは魔女狩りを唱える群衆に追われ、家に火をつけられた。その火事でお母さんは犠牲になり、シロンは危ういところを賢者様に救われたそうだ。
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