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 桃猫から飛び降りたシロンはライハルトの前に立つと、いつもの優美な所作でサーベルを構えた。競技用ではない、刃のあるサーベルだ。双方無傷では、いられないかもしれない……。  ライハルトは眉根を寄せ、見下す視線をシロンに投げた。 「ふん、『シグルスの銀杯』では思わぬ不覚をとったけど、今度はそうはいかないよ。あの時、君に反撃する力がまだあるとは思わなかった。母親を卑しめる言葉は、戦意を奪うどころか触発してしまったようだね」 「残念だったな、貴様の卑怯な手に乗らなくて」  そうか、『シグルスの銀杯』でシロンが反撃できたのは、お母様を馬鹿にされたからなのね。何が賢者一族よ、ライハルトの方がよほど厭らしい卑怯者じゃない。  素早く繰り出されるライハルトのサーベルが、シロンのローブを切り裂いた。後方に跳んだシロンはローブを脱ぎ捨て、キスをするようにサーベルを顔の前に構えると、静かに微笑む。 「貴様には、二度と負けない」  言うやいなや、シロンのサーベルが風を斬った。緩く結んだ長い黒髪が舞い、シロンはダンスのステップを踏む。右に、左に、斜めに、閃くサーベルはライハルトを追いつめ、金属の擦れ合う澄んだ音を響かせた。だけど上背のある分、ライハルトの方がリーチが長い。徐々に体勢は、競技の時のようにシロンが圧される形になった。シロンのローブを胸に抱え、あたしは祈る。 「負けないで、シロン!」  守りの甘くなったシロンに向かって、ライハルトがひときわ大きく振りかぶった時。紙一重の差で身体をひねり、シロンはライハルトの背後に回り込んだ。そして素晴らしい早さでサーベルを繰り出し、ライハルトをじりじりと後退させる。  いくら大きな枝とはいえ、その足場には限度があった。枝の緩いカーブは、ある地点でその場にあるものを重力に委ねることになる。 「あっ!」  カーブの臨界点で、ライハルトが体勢を崩した。その気を逃さずシロンは、ライハルトの持つサーベルの柄に近い部分を打ち据える。回転しながら宙を舞ったサーベルは、音を立てて『イグドラシル(世界樹)』の樹皮に突き刺さった。
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