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私がヤマダ専務に恋をしたのは、半年前のことだった。
その日は新入社員の歓迎会が行われていた。
秘書課の私は、部長という肩書きのおじさんたちに絡まれていた。
大してお酒が強くない私に、彼らはどんどんお酒を勧めてくるのだ。
もちろん、勧められるままに飲んではいないものの、そろそろしらばくれるのも限界だった。
あぁ、明日は二日酔い決定か……。
私に迫る並々と注がれたビールジョッキに恐る恐る手を伸ばし、覚悟を決めたその時、彼が現れたのだ。
「新入社員に無理をさせるなんて、これは社長に告げるしかないですかね……」
メガネをくいと指先で押し上げ、少しだけ悲しそうな顔をしたヤマダ専務だった。
何も告げたくて告げるんではないですよ、なんていう小賢しいパフォーマンスでさえ、ヤマダ専務が言うのならと大した反発も起きなかった。
「「「す、すまない」」」
少しばかり頭が寂しくなったおじさんたちが私に向かって頭を下げ始めた。
私は慌てて、その謝罪を受け入れる。
それから、助けてくれたヤマダ専務の方に顔を向けるも、既に彼は歓迎会の場から立ち去ろうとしていた。
その誠実そうな後ろ姿に、端正な顔立ちに、それから理性的なメガネ姿に、私は恋に落ちた。
一目惚れだった。
あの運命的な新入社員歓迎会の日から、私の瞳はヤマダ専務を追うようになった。
そうやってヤマダ専務を観察すればするほど、彼がどれ程優しくて、頼もしくて、素敵な人であるかということが分かった。
どうやら、私の目に狂いはなかったらしい。
専務は普通の平社員より、私たち秘書課と関わりのある役職だ。
だから、どれほどヤマダ専務を狙っている女の子がいようとも、私はその子たちよりは有利な立場にある。
このまま想い続けていたら、いつか報われる日が来るのかもしれない。
そう、思っていた……。
だけど人生はそこまでイージーモードではなかったらしい。
なぜならヤマダ専務は、平社員よりも秘書課と関わらない人であったからだ。
極たまに秘書課に関わることがあったとしても、彼の隣にはいつも忌々しい奴がいた。
奴の名前は市川すばる。
そして悔しいことに、奴はこの会社の社長なのだ。
目下の目標。
とにかく、すばるからヤマダ専務を引き離すこと。
恋は障害物があってこそ!
受けて立とうじゃない!!
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