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結んだ手指を天にかざし、死者を呼び出す言霊を想いを込めて唱えあげた。
途端、螺旋の風が吹き、夜空に浮かぶ月が雲に隠れた。
暗さを増した空の下、私の霊力に反応し、御神木の根元から幾条もの光の帯が空高く舞い上がる。
それはやがて御神木全体を包み込んだ。
ドクンと木が脈打った気がした。
その刹那、御神木に季節外れの桜の花が次々に咲き乱れ、吹き続ける風に花びらが乱舞する。
こんな降霊は初めてだ……
私は目を細め御神木を見つめた。
やがて風は弱まり光を含んだ花びらが優しく空から降ってきた。
夢のようなその光景に見惚れていると、トンっと胸に軽い衝撃を感じた。
「彰司さん……、」
それは私の胸に飛び込んで、涙を止めぬまま輝くような笑顔を向ける、昔のままの佐知子だった。
「ああ……ああ……佐知子……来てくれたんだね……ずっと会いたかった…… 会って謝りたかったんだ……」
呼び出せばいとも簡単に会えるのに、行動に移すには沢山の勇気が必要だった。
ああ、すまない佐知子。
弱い私をどうか許しておくれ、
「僕は……僕は……一人で生き延びてしまった。君をだけを死なせ、一人ぼっちにさせてしまった、君に会わせる顔がないよ……だけど……僕はどうしても君に会いたかったんだ……!
あれからずっと君を忘れた事はない、この五十年……ずっと会いたくて……でもきっと君に恨まれている……嫌われている……と思うと怖くて呼び出せなかったんだ。
でも僕は……やっぱり佐知子が好きで……五十年も我慢したのに……好きで……好きだから会いたくて……どうしても会いたくて……ごめん……」
自分が老いたせいなのか、佐知子が眩しくて堪らない。
怒られてもいい、なじられてもいい。
君の顔を見れただけでも、私は充分幸せだ。
「あやまらないで……私は……あなたを嫌いになった事は、生きていた時もそうでない今も……ただの一度もありません。
私こそ……あなたをひとりぼっちにさせてしまってごめんなさい……私から会いにいかなくてごめんなさい。会いにいけば生きているあなたの邪魔になってしまうと思って……どうしてもいけなかった」
あれから一度だって忘れた事のない佐知子の笑顔……ああ、君は私を許すと言うのか。
「だから……今夜、あなたが私を呼び出してくれて本当に嬉しい……幸せです……
私もあなたが好き……大好きです……昔も……今も……これからも……愛しています」
優しくて愛のある佐知子の言葉に、半世紀前に枯れたはずの涙がとめどなく溢れ視界を歪ませた。
私はもっとちゃんと顔が見たくて、何度も目をこすっていると、五十年前のあの日のように佐知子が細い指で涙を拭ってくれた。
指先から伝わる佐知子のぬくもりが、私の老いた体に一気に流れ込み、止まっていた時が再び動き出す。
「佐知子……、」
私は細い背中に手をまわし、持っている霊力のすべを使い、強く強く抱きしめた。
このまま霊力尽きるまで抱いていよう。
愛おしい佐知子。
随分と遠回りをしてしまったね。
私の佐知子。
今度こそ一緒に逝こう。
____漆黒の夜空に二本の光の矢が射られ、空はゆっくりと瑠璃色に薄まっていった。
了
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