好きという感情

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私は兄弟子の話を聞いて二週間前のあの日の佐知子を思い出していた。  御神木の下、一人佇んでいた佐知子。 父の話を聞いた後だったのだろう。 だから男の私を見た時に怯え、泣き出したのだ。 どれほど辛く悲しかったか、想像だけで胸が苦しくなる。 それでも佐知子は気丈にも頑張りますと言ったんだ。 それはきっと施設に残してきた子供達の為に。 私は父を恥じ、心底申し訳ない気持ちで一杯になった。  私は佐知子の為に何ができるだろう? 今夜のような思いは二度とさせたくないし、彼女の肌を他の男に見られるのも絶対に嫌だ。  どうしたらいいのか……どうしたら……考えろ……考えるんだ。 私は長考の後、一つの決断をした。 「佐知子さん一緒に来て! それと、これから僕が何を言っても怒らずに黙って隣に座っていてほしいんだ」 私は佐知子を連れて、父の部屋へと向かった。 夜遅くの訪問に怪訝な顔をする父の部屋に、私達は強引に入り込んだ。  畳の上に父と向い合せに座ると、口の中がカラカラに渇き、極度の緊張状態となった。 どうか……どうか上手くいきますようにと祈りつつ、一呼吸おいてから切り出した。 「父様、ありがとうございます。私はこの女が気に入りました。私も十六になり前々から女と寝てみたいと思っていたのです。ですから兄弟子達に混じり夜の街に繰り出そうとしていた矢先、この女を庭で見つけて……まぁ、そういう事になりました」 ニヤリと下衆に笑ったつもりだが、もしかしたらひどく歪んだ表情だったかもしれない。 父はそんな私を探るように凝視した。 「お前が? その女と寝たというのか?」 言葉短く、半信半疑といった所か。 正直に言えば、初めてつく嘘に膝は震え、今すぐ逃げ出したくなる。 だが、ここで引く訳にはいかない。 「そうですよ。何を驚く事がありますか。私はもう子供じゃない。しかし……女がこんなに良いものとは思わなかった。 そこで父様にお願いがあります。今日からこの女を私の部屋に住まわせ、いつでも自由に抱けるようにしたいのです。駄目だと仰るなら毎週末、兄弟子達と街に女を買いに行きます。瀬山家の跡取りが色狂いなど噂が立つかもしれませんが……仕方ないですよねぇ、」  品性下劣な言葉を並びたてる私の顔は、おそらく熟した林檎以上に赤かったのではないだろうか?  普段、師弟関係を崩さぬようにとあまり話さない父に向かって喋り過ぎたかと気を揉んだが、どうやら初めて女と寝た私が舞い上がっていると勘違いしてくれたらしく、渋々ではあったものの了承を得る事ができた。  そして話も終わった深夜、佐知子の少ない荷物を私の部屋へと運んだのだ。
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