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「散らかってるけど、さあ、入って」
部屋の前で躊躇する佐知子に声をかけた。
私の部屋は広い和室で、真ん中にある仕切りの襖を閉めれば部屋を分ける事が出来る。
元々部屋の全てを使っていた訳ではない。
修行ばかりで趣味らしいものが無い私もまた荷物が少ないのだ。
二人で使うのに不自由はないだろう。
「この襖を閉めますので、そちら側の部屋を使ってください。僕の荷物はすぐに片付けます。それから……さっきは佐知子さんに恥をかかすような嘘を並べてすみませんでした。でも他に方法が浮かばなくて……
佐知子さんは嫌でしょうけど、どうか我慢してください。周りには、その……僕の女だと思わせておけば他の男は乱暴できません。もちろん、それは表向きです。僕だって佐知子さんに乱暴な事はしません。誓います」
ずっと黙っていた佐知子は、おずおずと顔を上げ唇を震わせながら言った。
「ど、どうして……助けてくれるのですか?
私なんか助けても何の得にもならないのに……私は施設出身で素性も知れない女です。良くしてもらっても何もお返しが出来ません……」
消え入りそうな細い声は、不安の色が濃く滲んでいる。
私はなんとか安心してほしくて必死になった。
「誤解しないでください。お返しがほしくて助けたのではありません。ただ……佐知子さんが泣き止んで笑ってくれたら、僕が嬉しいだろうなと思ったのです。
そうだ、もしお返しが気になるのなら僕と友達になってくれませんか? 僕には友達が一人もいないのです、」
私は言い終えて、しまったと思った。
助けたのは私の為なのに、図々しくも友人になってくれなど言ってしまった。
もしかしたら困らせたかもしれないと、不安に思っていると____
目の前で佐知子はポロポロと涙を溢し、私の顔をじっと見つめた。
汚れのない朝露のような水滴に、思わず手が伸びそうになる。
明け方近い静かな夜は、佐知子の息遣いだけを聞かせてくれた。
時が止まったような錯覚に陥る。
このまま二人きり、永遠にこうしていられたらどんなに幸せだろう、
____幸せ?
____今、確かに私は幸せを感じている、
____こんな思いは今まで一度だって、
やがて涙を止めぬまま、輝くような笑顔で佐知子が頷いた。
その笑顔を見た瞬間、私は今までに感じた事のない……そう、まるで光り輝く矢で心臓を射抜かれたような衝撃を受けた。
その衝撃は、私の疑問に終止符を打つと確信へと導いていく。
ああ、そうか……これが好きという感情なのか、と。
それからの四年間は、私達にとって一番幸せだったのだと思う。
私達は同じ部屋で寝起きはしていたが、決して一線を越える事はなかった。
庭に咲く季節の花を眺め、部屋で他愛のない話をし、眠る時は互いの布団を仕切りの襖ぎりぎりに敷いて手をのばし指を絡め眠った。
私達はまだ若い。
これからゆっくり進めばいいと思っていた。
私の二十歳の誕生日を迎える日までは。
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