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私が再び目を覚ました時、隣にいるはずの佐知子はいなかった。
ぼやける視界には、幼い頃から見慣れた部屋の天井が映る。
ぐるぐると曲がり流れる木目模様が、沢山の人の顔に見え、どの顔も、嘆き悲しみ、声を殺して泣いているようだった。
嫌な予感がする____
その予感を裏付けるように、もう二度と会う事はないと思っていた父が、渋面の顔で私を覗きこんできた。
そして、
「気が付いたか……この馬鹿息子が! お前は1ヶ月も昏睡していたのだ……! あの売女に、まんまと唆されて……情けない……! 心中なんて恥の上塗りだ……!」
そう吐き捨てた顔は怒りに赤黒く、疲労を隠せぬ目の下は窪んでいたが、息子を心配する表情ではなかった。
だがこんな扱いはいつもの事。
それよりも佐知子は……佐知子はどこだ。
「1ヶ月……昏睡……私達は……死ねなかったのか……? 父様……さ、佐知子は…? 佐知子はどこですか? 私が生きているのなら、彼女も無事なのでしょう……? 佐知子は今どこにいるのですか……? 会わせてください……、」
何よりも佐知子の安否が気になる。
すがる思いだったが、父はもはや私の声など届いていないかのようだった。
「今回の件で千津との結婚話も流れた……心中の事もあるが、毒の後遺症でお前はもう子供の作れない身体になったんだ……!
子供さえ作れれば心中なんぞどうにでも揉み消せたのに……!」
だから……そんな事はどうだっていい。
子供なんていらない、佐知子がいればそれでいいんだ、佐知子は無事なのか、
「子供を作れないお前になんの価値がある? いくら霊力が強くとも、跡取りが残せなくては、瀬山の家が途絶えてしまうじゃないか……! 希少の子が聞いて呆れる……!
…………千津はな、お前じゃない霊力者を婿に取る事が決まったよ。千津が瀬山の後継者になるんだ……私の今までの努力が全部無駄になってしまった……お前のせいだ……まったくだらしがない……! 愛だの恋だのがなんの役に立つ? あの売女とお前が余計な事をしたばっかりに……」
佐知子を売女と呼ぶ事に、沸き上がる怒りを感じるが、まずは佐知子の安否が心配だ。
私は布団の中で血が滲みそうなほど拳を握り、それでも同じ質問を繰り返す。
「父様……お願いですから答えてください。佐知子はどこにいるのですか?
千津が後継者になるのなら、瀬山家に泥を塗った私と佐知子をこの家から追い出せばいい。私は佐知子と出て行きますから、だから早く、」
佐知子に会わせてください、と続く言葉を遮った父が頭を抱え喚き出した。
「この馬鹿息子が……! これで、家はお終いだよ! 分家の奴らが後継するなんて前代未聞! ご先祖様に顔向けできん! 私はなんて不幸なんだ! 愚かなな息子に裏切られたのだ!」
ああ……ああ……ああ……もう限界だ!
「うるさいっ! もう黙ってくれ! あなたはいつだって瀬山の事ばかりだ! そんなに瀬山が大事ですか!? 血を分けた息子よりも大事ですか!?
私は……私は……!
こんな家に生まれたばかりに全てを我慢してきた! 友人も! 進学も! みんな諦めてきたんだ! だがもう限界だ! 佐知子だけは譲れない! 彼女はあなたと違って、唯一私を理解し愛してくれた人だ! こんな家どうだっていい! 佐知子はどこなんだ! 早く会わせてくれ!」
気付けば私は泣いていた。
今までの不満をぶちまけ、佐知子に会わせろと、初めて父に逆らったのだ。
父はそんな私を呆気に取られた顔で眺め、大きく溜め息をついた。
その後に続く言葉は、私を深い谷底へと落とすことになる。
「佐知子……? ああ、あの売女か、あの女は死んだよ、」
嫌な予感は、的中した。
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