僕と佐知子と御神木と

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中学を卒業して学校がなくなると、朝から晩まで修行する日々が始まった。  私の家は大きな旧家で、霊媒師であると父と、父の元で修行するお弟子さん達、そして下働きの人達が皆同じ屋根の下で寝起きしていた。   屋敷に劣らぬ広い庭にはたくさんの木や植物があり、外に出れば四季折々の眺めを楽しむ事が出来る。 その中でも人影少ない裏門近くの一角にある、樹齢三百年の大きな御神木の下は私の気に入りの場だった。 お弟子さん達には専用の談話室があり、通常彼らはそこで休憩をとる。 私は談話室に入る事を禁じられてはいなかったが、彼らにとって師の息子である私がいたのでは気を使うだろうし私も息が詰まる。 だから余程の悪天候でなければ、空いた時間のほとんどを御神木の元で過ごしていた。  夏のある日。 私は、いつものように御神木へ行くと珍しく先客がいた。  嫌だなと思ったが御神木は誰の物でもないから他人が来てもおかしくないし、この家の息子である事を笠に着て追い払う真似もしたくなかった。  仕方なく引き返そうとして、でも少し気になり、さりげなくその先客に目をやった。  先客は下働きの女達が揃いで着る鶯色の着物姿で、御神木を背もたれに座っていた。  あれは……誰だろうか? 昔からいる年嵩の女達とは違う。 私と同年くらいの少女など、この屋敷では珍しい。 見た事のないその顔は、もしかしたら新しく入った人なのかもしれない。 艶やかな長い黒髪、雪のような白い肌と黒目がちな大きな()。 それはまるで外国の人形のように美しく儚げだった。  異変を感じたのは、少女を目にしてすぐの事だった。 高熱にうなされた時のように視界が潤み、次第に大きくなる耳鳴りが蝉の声を掻き消した。 心臓が踊りだし、ドクンドクンと強い鼓動を打ち続け、立っているのがやっとな程だ。 おかしい……なんだこれは……私は病気にでもなったのか? すぐにでも医者を呼ばなければ手遅れになる、そう思う程の急変なのに、私の足は屋敷ではなく、視えない力に支配されたように、引き寄せられるように、少女へと向かっていった。 心では、 『馬鹿、やめろ! 私がすべきは医者を呼ぶ事だ。彼女に近づいてどうする気だ! 話す事などなにもない。第一今まで友達の一人でも出来た事があったか? 彼女に迷惑がかかる。それだけじゃない、恥をかくぞ! だから今すぐ引き返せ!』 と叫んでいるのに足は止まらなかった。
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