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◆
三日前のあの日、結局私は佐知子の涙を止める事は出来なかった。
気の利いた事のひとつも言えず、涙を拭ってやる事も出来ず、役に立たない木偶の坊のように突っ立ったまま、「ごめんなさい」と走り去る小さな背中を見送ったのだが、彼女は最後まで悲しそうだった。
佐知子が立ち去った後、私は御神木に縛られたように暫く動けずにいた。
死者が相手なら____
私はいくらでも饒舌になれる。
霊の無念を聞き出す事も、霊の怨念を鎮める事も、霊の悲痛を慰める事も、決して簡単な事ではないけれど、それでも事情を抱えた沢山の霊達を黄泉の国に送り出してきた。
それがどうだ。
相手が生者になった途端、私は滑稽なまでに無力なのだ。
あの日の事を思い出せば、顔から火が出る程に恥ずかしい。
なにが霊力者だ、なにが霊媒師だ。
私はたった一人の生者、佐知子に何もしてやれなかったではないか。
…………
思えば何故なのだろう?
中学の頃、クラスで孤独だった私は淋しさを感じていたが、諦めと共にそれを受け入れていた。
誰も私に興味を持たないかわりに、私も誰かに特別な思いを寄せる事はなかった、それが当たり前だとも思っていた。
それなのに、佐知子に何もしてやれなかった事が悔やまれてならない。
ほんの数分、顔を合わせただけの佐知子の事など忘れてしまえばいいのに、忘れる事が出来ないのだ。
初めて佐知子を見た時、私は身に起きた異変に戸惑った。
高熱が私の身体を焼き、耳鳴りが止まらなく、心臓はかつてないくらい踊り出し、急な病ではないかと心配になる程だった。
今は多少落ち着いて、その異変が常に起こるような事はない、が。
時折、そう時折、大きな波に飲まれるように身体が熱くなり、耳鳴りが外の音を消し去って、かわりにあの日に聞いた佐知子の声が頭の中に蘇る。
その声が響いた途端、私の心臓は激しく踊りだし、得体の知れない柔らかな大きな手で胸を鷲掴みにされたような奇妙な感覚に襲われるのだ。
決して不快なものではないけれど、もしかしたら狐憑きではないかと祓いの印を結んでみたが、波が消える事はなかった。
私は頭がおかしくなったのかもしれない____
寝ても覚めても佐知子の事ばかり。
気付けば彼女の姿を探してる。
こんな事は初めてだった。
もし次に会えたら佐知子は笑ってるだろうか?
それともまた泣いているのだろうか?
私はいつ佐知子に会ってもいいように、何冊かの本を持ち歩くようにした。
どうせ佐知子を目の前にすれば、うまく話す事はできないだろう。
だけど本があれば、良かったら読んでみてと渡す事ができるし、返してもらう時にまた会える。
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