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初めて佐知子に会った日から二週間が過ぎた夜。
あれから一度も姿を見せない佐知子を想いながら、窓に輝く大きな橙色の月をぼんやりと眺めていた。
いくら広い屋敷でも同じ屋根の下にいるはずだ。
なのにこうも会えない日が続くと、果たして佐知子という少女は実在するのだろうかと思う事もあった。
もしかしたら頭のおかしくなった私の妄想ではないのだろうか?
本当は最初から存在しないのではないだろうか?
だが私はその考えを苦笑と共に否定した。
あの日、確かに佐知子はいた。
それは間違いない。
昔からそうだった。
私に対して必死にすがりつき助けを求めてくるのは死者だけだ。
私に興味を持つ生者など誰もいない。
佐知子もそうなのだろう。
私一人が彼女に執着しているだけなのだ。
きっと佐知子は私の事など忘れている。
しんと静まった深い夜。
生暖かい風が気の早い鈴虫の音をかすかに運んでくる。
私はその美しい音色に目を閉じて聞き入っていた。
リリリリ……リリリリ……
薄い硝子を擦り合わせたような、繊細で優しくて物悲しい音。
その音色の中に、なにやら穏やかではない悲痛な声が混ざっているのに気付いたのは、再び生温かな風が吹いた時だった。
や……めて……くだ……ゆる……し……て……
聞き違いではない、今確かに人の声が聞こえた。
私は窓から身を乗り出し、月明かりだけでは見渡せない広い庭に目をやった。
だがここに死者の気配は無い。
そうなるとさっきの声は生者のものだろう。
それも若い女だ。
この屋敷に住む生きた女で若いのは佐知子ただ一人。
佐知子に何かあったのだと、私は結論付けた。
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