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『リリースに失敗して帰れなくなりました。今年は一人寂しく、暑いクリスマスを過ごします。三十日までは工場も稼動しているから、正月もこっちで迎えることになりそう』
自動ドアが開く。
同時に、冷たい外気が胸に入り込んだ。
鋭いほどの寒さも、暖房の効きすぎたオフィスから出たばかりの身体には逆に清々しい。
煽られた髪を押さえながら、ふと天を仰ぐ。
ビルとビルの間に高く抜ける漆黒の空。
オフィス街をささやかに彩る街路樹のクリスマスイルミネーション。
わたあめのように濃く白い息。
こういう時だ、離れていることが一番切なくなるのは。
潤に会いたいと思うのは。
私は手に握っていた携帯電話を見た。
しかしそれは結局開かれることなく鞄に押し込められる。
エルサルバドルとの時差はマイナス十五時間。
東京の午後六時は、現地の朝の三時だ。
時差、気温差、そして温度差。
電話をしたところでこの寒さも、この気持ちも、何一つ伝わりはしない。
近い、遠い。
寂しい、寂しくない。
大丈夫、無理。
そんな堂々巡りももう慣れた。
潤が悪いわけじゃない。ついて行かなかった自分を後悔したこともない。
私は両手をポケットに突っ込むと、凝るような寒さに肩をすくめ、駅へ向かう。
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