エルサルバドル

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 私は営業事務の仕事をしていて、それはいわば腰かけの、誰にでもできるような、つまり、ついて行かない理由になるほどのキャリアではなかった。  けれど、今は異動してきた山田くんの指導という今までよりは少し責任のある役割を任されていて、私が辞めたら山田くんはどうなるのだろう。  それに退職の手続きなども面倒だ。  年末でややこしい時に、と総務のお局に嫌な顔をされるに決まっている。  それよりも、実際問題、私は海外なんかで暮らせるのだろうか。  大学は国文科だし、留学経験もない。第二外国語は中国語だった。今でこそ英会話のレッスンに通ってはいるものの、ビジネス英語を話す潤に影響されて通い始めたようなものなので、大して、というか全く身についてはいない。  ところで、エルサルバドルの公用語は何語なのだろう。  主食も問題だ。私は偏食がひどい。  治安も気にかかる。安全なのだろうか。  外務省のホームページを確認しなくては。  行くのにだいたいどのくらいの時間がかかるのだろう。  直行便は出ているのだろうか。 (いやいや、それ以前に……一体どこにあるのよ?)  私はエルサルバドルの正確な位置すらわかっていなかった。 「ごめん。行けない」  気がつけば即答していた。  その返事は予想外だったらしく、潤は少し驚いた顔をしてから、やがて困ったように笑った。  カウンターの端に置かれた卓上のクリスマスツリーが、音もなくチカチカと光っていた。
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