第1話  東印 冬彦

11/13
前へ
/26ページ
次へ
 そろそろ、次へ進もう。  唇を激しく奪いながら、怜を身体の下に押さえ込んだ。  身動き出来ない。ベッドの上で、強く冬彦の腕の中に捕縛され、怜は目を瞑る。  観念した。  昔もこうやって、強く激しく愛してくれた。まだ若かった懐かしい冬彦の身体を、不意に思い出した。裏切って生きて来た日々のなかで、罪深い事に決して忘れられなかった。  冬彦の声。彼の肌の匂い。三条に抱かれていても、心の中には何時もこの男がいた。  それが哀しい女の性だろう。  眼を閉じて、ただ彼が罰を与えるのを待った。これが一番自分に相応しい。  抗う事を止めて、急に大人しくなった怜を冬彦は訝しんだ。  「何を考えているんだ。大人しくすれば、罰を逃れられるとでも思っているのか」  少し脅してやる。  「あなたの手で処分して欲しいと、お願いしたわ」  「私の罪は深い」  「あなたを裏切って置きながら、三条に肌を許す時もあなたの事を想って抱かれるような。私は、汚い女なのよ」  涙を流すまいと噛みしめる唇に、血がにじむ。  「殺して」、呟くような怜の声。  震えながら、彼が罰を与えるのを待っているらしい。  「高貴な血か」、冬彦はそう思う。  言い訳もしない怜。罪を受け入れ、裏切りの代価を払おうとしている。  「殺して欲しいのか」  おかしな事になって来たと冬彦は思った。怜が涙の溜まった眼で、下からじっと見つめている。  「恋しい男」、冬彦をずっと愛してきた。  もう何をされても構わない。この男の子供を私は産んだ。生涯で一番誇れる大事な宝物を、私に与えてくれたただ一人の男だ。  怜の唇が動く。  「どうか、あなたの手で殺して」  怜の首に片手をかけて、頸動脈の上を押える指に力を込める。  唇が「ありがとう」、と動く。  その時になって、やっと。冬彦はこの女が自分への愛を捨て切れず、三条との暮らしのなかで苦しんで生きて来たのだと知った。   冬彦は戸惑いながら。押し寄せた喜びに圧倒されて、怜を強く抱き締めた。  「もう一度だけだ」  「一度だけチャンスを遣る。僕の女にしてやろう」  「裏切りは二度と許さない」  【いいな】と。きしる心が呟いた。  それ以上は何も言わず、強引に怜を自分のモノにした。  最後に抱いた時のように、熱く激しく奪っていく冬彦。猛々しく怜に愛を受け入れさせて。  何度も、繰り返し愛し続ける冬彦の腕に抱かれて、彼女はただ揺蕩うだけの頼りない女になった。冬彦はチョット・・遣り過ぎたかもしれない。  彼が腕の力をゆるめた時には、怜は意識を失っていたのだ。  この女は、自分をずっと愛し続けて来たのだと知ってしまった喜び。眩暈がする程の喜びに浸って。神が与えたもうた喜びを、思う存分に満喫した結果だった。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

75人が本棚に入れています
本棚に追加