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怜は、その朝。冬彦の胸に抱き締められ、彼と一緒に眠る夢を見ていた。
それは・・何時もの悲しい夢。
目覚めたくない怜は、何時までも眼を閉じて朝のしじまに横たわる。身体を動かすと全てが幻になるから、息を詰めてもう少しだけと。
朝の中に横たわる。
「何時まで気を失っているつもりだ」、夢の中とも思えない強い声が聞こえる。意地悪を言う冬彦の声が、いきなり頭の上から降ってきたのだ。
いきなり唇を熱く奪われて、驚いて眼を開けた。
激しく髪を捕まれて、接吻がさらに深くなる。
唇を開いて彼を受け入れろと、強く要求してくる我儘な男の身体。
身体中に、昨夜の愛の気だるさが残っている。
「冬彦さん、どうして私のベッドにいるの」、まだ訳が解らず、戸惑っているらしい。どうやら夢と現実の狭間で、目覚めきれず戸惑っているらしい。
本当に楽しい。この女は昨夜のことが、まだ良く理解出来ないらしいと思うと、堪らなく嬉しい。
もっと、苛めてやる。
昨夜。彼が付けた彼女の身体中に残る愛の痕跡に、一つ一つ熱く唇を押し当てる。怜が身を震わせて甘い吐息をつくと、すぐに冬彦の唇がその吐息を奪うように飲み込んで、唇を塞いでしまう。
甘く苦しい冬彦の愛に翻弄され、そんな頼りなさに包まれて。
「昨夜、お前はまた僕の女になった」、二度と逃がさないと言う冬彦。
「次は、お仕置きの番だな」、怜の身体を抱き起すと。
彼の身体の上に乗せながら、囁いた。
「僕の胸に接吻しろ」
「僕が欲しいのはお前だけだ。お前にささげた僕の愛の印に、口づけしてくれ」、訳が分からず怜は冬彦の胸に指を這わせる。
そして息を呑んだ。心臓の真上に刻まれている蒼いバラの刺青。
手を当てて、冬彦の心臓の鼓動を感じとる。
「さぁ、口づけしてくれ」、冬彦がせかすから。
冬彦の胸に唇を当てながら、涙が零れ落ちた。涙が冬彦の胸を濡らすから。
「こら、泣くな」
「冷たい」、冬彦の意地悪に、泣き笑いになる。
それを見て、彼も笑った。
「愛しているよ。ずっとお前だけを想っていた」
「もう離さないから、僕の子供を産め。今度は女が良いな、君に似た娘が欲しい」、またワガママを言う。
強く抱き締めて、耳元で熱く命令する冬彦の声に。怜はあの終戦の夜の熱くて苦しい愛の時を思い出していた。これが最後かもしれないと想い、まだ十代の少女は全てを賭けてたった一人の男を愛した。
そんな冬彦との、熱くて哀しい最後の夜を思い出したのだ。
今こうして冬彦の胸に抱き締められている奇跡が信じられず、心が震える。涙が止めどもなく、また流れ落ちる。
そのまま冬彦に身を委ねて、ただ漂う幸せな愛の刻に溺れた。
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