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2・
冬彦は、三条まり子をもっと近くで見てみたくて堪らない。
何とか近ずく方法は無いかと探している自分に、時々自嘲したりする。
あの乗馬姿を見たのが、いけなかった。
怜も乗馬は、得意だった。
美しい騎乗姿だったと、懐かしく思い出す。
華族の娘と言う身分に相応しい、美しさと気品。それとは相反する無邪気な活発さとお転婆な面が同居している、そんな不思議な女だった。
あの女を見てから怜を思い出す時間が増えている。
何処に怜を思い出させる要素があるのか、分からないが、とにかく一度、ちゃんと会って見たかった。売春婦と華族の娘、何処に類似点があるのだろうと思い悩んだすえ、はっきりさせることにしたのだ。
そんな彼の秘書だが。
最近のオーナーの様子がとても心配だった。
冬彦はまだ、四十代半ばの男盛りだ。女に興味を持つのは普通だし、今までみたいに水商売の女か、芸能人と遊んでくれるのならいっこうに構わないのだが。今回は怪しい過去をもつ、危険なにおいがする女だ。だが過去はどうあれ、今では曲りなりにも素人。
対処が難しい。
かなり興味を持っているらしいが、嫌な予感がする。冬彦は一度狙った獲物は逃がさない事で知られた、獰猛な豹みたいな男だ。
あの女を罠にはめて、おびき寄せる!そう決めたのだろう。
冬彦にとって、それは自分でも信じられないほどの欲求だった。白河コーポレイションの土地開発部門に、三条不動産に接触しろと命令してから一か月後。遂に、待っていた返事が来た。
「買収に応じる」、それは企業戦争でお馴染みの降伏の返事だった。
三条不動産が落ちたと、報告が上がって来ている。傘下の会社にしてしまえば、彼女に逢うのは容易だろう。
もっと近くに引き寄せ、出来れば触ってみたい。それは男のワガママな衝動だった!
怜の困惑は深い。
白河コーポレイションに狙われて、逃げのびた会社は皆無だと聞いていたが・・三条不動産は白川コーポレーションに狙われるには小さすぎる。都内に十五棟の貸しビルを所有しているが、ある街の不動産会社に過ぎないのだ。事務所と呼ばれる小さなオフィスが本社がわりの、中小企業だ。
条件が悪く成らない内に、手打ちに持ち込むしか無いと解っている。調印式には滅多に姿を見せないオーナーまで来ると聞いたのは、昨日のことだった。妙な圧迫感まで感じて、不安だった。そこまでする理由が解らない。
それとは別に、この買収劇が辛くもあった。こんな風に乗っ取られる会社はみな、同じような悲哀を感じるのかも知れないが。
とうてい逃げられ無いと観念してはいるが、三条が生きた証が、その足跡ごと消えようとしているようで、ただ切なかった。
降伏を伝えた日からほどない夏の日。
「白河コーポレイションの東京オフィスで、調印式を行う」と連絡がきた。自社の貸しビルで調印式とは、何ともモノ哀しいことだ。
そんな事を思いながら・・仕方なく、一人で出向いた。
土地開発部門の重役から、調印式の前にオーナーが会いたがっていると言われ、彼の部屋に案内された。
その部屋の落ち着いた内装と、美しい調度品に囲まれた貴族の居間の様な佇まいに、怜は遠い日々の幻想を見た。遠く過ぎ去った過去の記憶、冬彦と暮らしたあの東印の邸を思い出させる。冬彦を彷彿とさせる部屋の内装が、不安を呼びよせた。
「怖い」、そんな思いが頭をよぎる。
帰りたいと思った。
だが・・その時。ドアが開く気配がした。あの想い出の中にある書斎の扉が開くように。デジャブか、タイムスリップか。どっちにしても、震えるほどの恐怖を感じた。
背後から、落ち着いた男の声がして・・静かにドアが閉まった。
「待たせて済まない。僕がオーナーの東印冬彦だ」
「三条まり子さんだね」、男の顔など見れないほど、心が恐怖に縮みあがった。入ってきた男の横を擦り抜け、ドアへと走った。あと少しで、ドアノブに手が届くかと思ったのに。
その瞬間、男に腕をつかまれた。
「やはり、怜なのか」、息を呑む気配がした。
思わず顔を上げ、男を見る。
「見せろ」、冬彦の声が軋るように言うのが聞こえてくる。
いきなり抱き上げられて長椅子に運ばれ、スーツの上着を剥ぎ取られた。ブラウスも引き裂く様に脱がされた。
怜の悲鳴が部屋に響いたが、構わずにうつ伏せにして押さえ付けると、肩に指を這わせる冬彦の指が・・蒼いバラをそっとなぞった。
露になった左肩に視線を落とすと、半分裸の怜の身体を押さえつけて息を深く吸った。
「何てことだ・・」、呟く男の声。
冬彦の顔を見る勇気など無かった。
自分の身体が冷たくなり、凍り付くのが解る。
それに・・何故オーナーが冬彦なのだろう。こんな状況には、とても耐えられない・・・そう思った。
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