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次に起こったことが、信じられなかった。
冬彦の指がバラの刺青をなぞり、その上に唇が押し当てられる。
震える声が、彼女の名前をつぶやく。
肩に触れる唇が、とうに忘れた女をカノジョの中に呼び覚ました。
「生きていたのか・・」
「怜」
また冬彦が声を震わせて囁くと、背後から怜を抱き締めた。
肩に彼の身体の温もりが押し当てられて。怜の身体を自分の方に向かせると、キツイ抱擁。熱く唇を重ねて、さらに抱き締めた。
「何故・・・怒らないの・・」
心許ない小さな声で囁く彼女にかまわず、彼女を抱き締めたまま長椅子の上に押し倒す。熱く身体を重ねて・・怜を捕まえたまま、更に強く抱き竦めた。
「怜」
「もう・・二度と会えないと思っていた」
冬彦の熱い抱擁と愛撫に翻弄させて、何処に居るのかもわからなくなった。
気が付いた時には、裸の身体が冬彦の腕の中に閉じ込められていた。髪をなでる冬彦の指が、髪の中に差し入れられる。
頭を包み込んでディープなキス・・また熱く奪われた。
どれ程の時が過ぎたのだろう。
男の身体に包まれたまま、冬彦の声が言うのを聴いていた。
「昨日、春彦が会いに来た」
「三条が僕に残した手紙を届けに来たんだ」
怜には何の事だか、まるで分らなかった。
「君が何故、三条と結婚したのかが書かれていた」
「怜・・官憲を刺し殺したというのは、本当か」
怜は震えながら、頷くしかなかった。
「身体を汚されそうになって官憲を刺した君を助けた、と書いてあった。君一人で置いておけない状況になって、君を守る為に結婚を迫ったとも書いていた」
怜の髪を撫でる冬彦の強い手。怒っているような、そうでない様な・・不思議な感触だった。
「春彦の父になれて幸せだったそうだ。それに彼は三条じゃない。中野の学校で僕の指導教官だった、本多正治だ」
「それが、彼の本当の名前だ」
「知ってます。結婚するとき、話してくれましたから」、怜が小さな声で呟く。
「そうか」、冬彦の冷たい声がそう言った。
「春彦は僕の事を、くわしく知っていた。自分で色々調べたそうだ」
「頭の良い奴だな」、感情の見えない冬彦の声が、また聞こえてくる。
「あなたに似ているわ。時々、怖いくらい似ている」、震えながら囁く。
「私はあなたを裏切りました」
「どんな罰も受ける覚悟で生きて来ました。他の男に肌を許した女ですもの」、どうかお願いですから、あなたの手で処分して下さいと。怜は哀願した。
涙が流れて、止まらなくなった。どう言いつくろう事も出来ない裏切りの過去だ、詫びる言葉など口にする資格もない。
あのまま、この男の腕に抱かれて生きて来れたら、どんなにか幸せだっただろうと思う。あの終戦も、冬彦の愛に頼り切って生きていた自分に神が与えた罰。試練を与えられたのに、その試練に耐えられなかったのは、ひとえに彼女の罪だ。
でも三条が与えてくれた、彼の愛に温かく包まれて生きた十六年の歳月の幸せも、否定は出来ない。
罪を償うべきは自分だと、改めて思う。
その時、不意に冬彦が含み笑いを漏らした。愛を交わした後とは思えないような冷たい声で、耳元で囁いたのだ。
「お前のお仕置きは、後だ。調印式が済んだらしっかりやってやる」
「大人しく待つんだな、怜」
冬彦の声の変化に驚いて、彼の顔を見つめた。
「許してやるとは、一言も言ってない」
「お前と過ごした最後の夜を覚えているか」、と冷たい冬彦の声が言うのを聞いた。重くのしかかり、身体を締め付けたままの冬彦の身体から、優しさが消えていく。
「子供と一緒に僕を待てと。あの夜、お前に言って置いたはずだな。僕を裏切って他の男に肌を許した罪は、お前の身体で償わせる」
身体に回された腕が、万力のように締め付ける。顔に浮かぶ冷たい微笑みが、彼の怒りを伝えて来る。熱くて、恐ろしいほど冷徹で、激しい男の怒りに触れて怯えが走った。
これこそ、記憶にある冬彦だと思った。
でも怜には、冬彦の変わらぬ冷酷さが、少し嬉しくもあったのだが。
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