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「私を監禁してください」
見知らぬ公園のベンチで木村アイリが目を覚ました時、手にはそう書かれた紙だけがしっかりと握りしめられていた。
海外旅行で置き引きにあったみたいに、財布や携帯といった所持品をすべて失い、誰にも話しかけることなく町の中を徘徊して、ようやくたどり着いたのが、交番だった。
それは佐久間博之警部補が妻の作った弁当をちょうど口に運ぼうとしていた昼下がりの休憩時間だった。
佐久間がどんなに話しかけても、木村は物騒なことが書かれている紙を指差すだけで何も答えることはなかった。
少しでも近づけば木村は大げさに距離をとった。差し出される物に手を触れることは一切なく、水はもちろん、ペン1本でさえも、まるで初めて文明と接触した人間であるかのようにそれを見つめ、静かに首を横に振るだけである。
「君は一体、何がしたいの? 大人をからかっているのなら、痛い目にあうよ」
佐久間は苛立ちを隠さなかった。
木村は持っていた紙を地面に置くと、佐久間から借りたペンで「今は話ができない理由があります。とにかくカンキンして下さい」と書き、そのペンを自分の胸ポケットに入れてしまうのだった。
佐久間の脳裏には、ある予感がよぎっていた。
「もしかして君は、行方不明になった20人の高校生の1人?」
木村は紙に「トイレ」と殴り書きすると、交番の奥にあるトイレに勝手に飛び込み、鍵を掛けた。
「ちょっと! なにしてんの」佐久間は怒鳴った。
「お巡りさん、私はウィルスに感染しているので人と接触できないんです。もしかしたらもうお巡りさんにも感染してしまったかもしれません」
木村はトイレのドアに向かって声を張り上げた。
「ウィルスって、何のウィルス?」佐久間はトイレから後ずさりしていた。
「名前は分かりません。感染すると5日後に発症してそのままゾンビになるんです」
「はあ?」
「発症する前に死んだ場合はそのまま死ねます。だけど少しでも発症してしまえば、どんな死に方をしても必ず生き返ります」
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