勇者は○○○○

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 春休み。  その日、寝坊をした俺がのそのそと寝ぼけ眼で階下へ下りてゆくと、リビングから母親の弾んだ声が聞こえてきた。 「わ! 素敵よ、渉くん! よく似合うわねぇ!」  いまだかつて耳にしたことのないうきうきと少女めいた母親の声を訝(いぶか)しみながらリビングへ続くドアを開ける。  ――と、そこには真新しい制服に身を包んで所在なさげに立つ兄と上機嫌な母親がいた。 「あら翔! ようやく起きたの? 休みだからってダラダラしてちゃダメじゃない」  まるで条件反射のように飛んできたお小言は完全に耳を素通りし、俺は兄の姿にちょっとした衝撃を受けていた。 「ふふふ、驚いた? 渉くんの制服姿! 目の覚めるような美少年っぷりでしょう! ねぇ! 日本中で一番セーラー服が似合う男子中学生になれると思わない!?」  リビング入り口で固まってしまった俺に、なぜか母親が得意げな顔をして、つい半年ほど前に新たにできたもう一人の出来の良い息子を褒めたたえる。  発言が完全に親バカだ。……というか、それは褒めているのかかなり微妙な線である。  その証拠に、――俺の兄になった少年は義母(はは)の賛辞に微笑みを浮かべていたが、その口元が一瞬ひくりと引き攣ったのを俺は見逃さなかった。  母親に悪気はない。  単に子煩悩なのだ。  「褒めて育てる」を真面目に実践している人だ。  ……ただときどき褒める方向性を間違えることがあるだけで。  母親は元々朗らかな性質(たち)の人だったが、再婚して肩の力が抜けたのか、より一層明るくなったし笑顔も増えた。  シングルマザーとしてずっと子供を一人で育ててきた彼女は、これまで自然と気を張って生きてきたのだろう。  子供に愚痴をこぼしたり当たるような親ではなかったが、逆に俺の前だと疲れた顔で無理に明るく振る舞うこともあったし、もっと幼い頃には亡き父を忍んで夜中にこっそり泣いている姿も時折見かけた。  ……今ならもっと違う対応もできるだろうけれど、その当時の俺は自分の中身を知られるのが怖くて彼女の苦しみから目を逸らし、見て見ぬふりをしていた。  正直な話、どう接したらいいのかわからなかったのだ。
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