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小面の客
突然入ってきた白装束の人物に、思わず太郎はきゃあっ、と店主の後ろに隠れた。
何故ならその客は小面(こおもて)の能面を付けて来たからだ。やや俯き加減のその姿勢は、悲しみを湛えている風にも見える。
『……………』
「おう、そうだ」
長火鉢の前にどかりと座る店主は短くそう告げた。
いつもと変わらぬその態度に、太郎はいくらか安心し、客の目に触れぬよう小走りに奥へと引っ込んだ。
「よくぞここまで来た。一体、何を無くした? 持ち物は手にあるようだが」
客が大事そうに持つ小ぶりの刀袋に視線を投げ、小面の客に話を促した。
小面の客は刀袋の紐を解いた。中から現れた鞘は、茶石目塗の地に花の蒔絵が鞘尻に施されている。
丈の短さからして短刀だ。
おもむろに小面の客は刀の鯉口を切って、失せ物屋に手渡した。
青白いその手は、まだ若い。かすかに血の匂いを感じながら、店主は神妙に刀身を鞘より抜く。
「……ほう。悪くない」
「うわぁ、ぴかぴかだぁ」
その美しさに、思わず太郎も店主の後ろから刀身を間近に覗き込んだ。そんな太郎を後ろに追いやり、店主は短刀を行燈の光にかざして更に見た。
短刀は小板目に地沸が厚く付き、濤爛の刃文が刀身の上を波打っている。
その輝く刃の向こう側で、小面の客が店主に失せ物を伝えた。
『……………』
「取り戻せた後、代償は?」
小面の面はしばし沈黙し、言った。
『……………』
「対なるもの、ねぇ……」
一向に顔を上げない小面は、何かを言いたげでもある。
煙管に火を付け、ぷかりと吹かしたあと、店主はにやりと口元を歪めた。
「面白い。引き受けよう」
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