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小面の面は顔を上げ、初めて失せ物屋の主人を長いこと見つめた。面に開く目の穴はぽっかりと暗い。ややもすれば、その暗き底に引き込まれそうな闇がある。
『……………』
長い沈黙の後、小面の客は深くお辞儀をし姿を消した。
短刀の鞘は失せ物屋の手に託された。
「……旦那様ぁ」
客が消えた途端、情けない声を出したのは太郎だ。
「怖かった~! あんな怖いお面、付けて来ないでほしいですぅ」
「ありゃあな、若い女を表す能面だ」
「えっ!? あんな怖いのに!?
旦那様はお話されたみたいですが、一体、何を失くした人なんですか?」
その問いに、失せ物屋の主人は短刀を太郎に手渡した。
あの客の持ち物だと思うとなんだか恐ろしいものに思えてしまって、太郎はとり落としそうになった。
鞘自体は軽そうに見えるのに、このずっしりとした重さはやはり重厚な刀身の為だろう。
美しい蒔絵の花はいかにも女性の持ち物らしい。
「綺麗なお花の絵ですねえ。これはなんてお花ですか……?」
「くちなしの花よ」
くちなし、と太郎は呟き蒔絵をそっと指で触ってみた。立体的な見た目と相反して、表面は艶やかである。
「あの人は一体何を無くされたのですか?」
太郎の問いに、主人はくちなしの花を煙管で指した。
「口を失くして、路を見失ったのよ」
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