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音もなく
失せ物屋の三和土に足が現れた。
それは徐々に姿を現し、いつかの白装束の面の客になった。
「うひゃあっ!! だっ、旦那様ぁぁぁぁ!!!」
油断していた太郎が間抜けな叫び声を上げて店の主人を呼びに奥へと急いだ。
「なんだ、騒々しい」
「こっ、この間のお面のお客様ですぅ!」
腰元にしがみついた太郎は、主人を店頭へと押し出し、つい怖いもの見たさで、そのまま引っ付いた状態で白装束の客を太郎は盗み見た。
「あ、あれっ?? 旦那様、この間の人と同じですか?」
太郎がそう思ったのは、小面の面が以前のそれと違うからだ。
「同じ客だが、今回は泥眼の面だ」
以前のつるりとした小面の面が無表情の怖さだとしたら、今度は感情の浮き出た怖さを太郎は感じた。
白目は黄ばみ、薄く開いた口の中には歯も見え、そのしつらえに合わせるように、立ち姿も前より少し前屈みになっている。
泥眼の面が言った。
『……………』
「そうかい。もう少し、我慢しな」
冷たくも聞こえる失せ物屋の返事に、泥眼の面は以前のようにお辞儀をして帰っていった。
「……旦那様、なんて……?」
残された線香の香りを消すように失せ物屋の主人は紫煙を吐き出すと、しんと鎮まる空間に煙がぐるりと回って消える。
いつまでもしがみついてる太郎を引っぺがし、主人は煙管の雁首をタバコ盆に叩きつけたのち、言った。
「『苦しい』だとよ」
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