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「ねえ、一杯奢ってもいい?」
誰かが話し掛けてくる。酔いのせいか視界がぼやけて顔が分からない。
でも、少なくともあいつではない。酒をすすめたりしない。いつも『酒弱いんだから、そろそろやめとけよ』って言って、すぐ俺からグラスを奪う。
隣の男は気前よくカクテルを頼んでくれた。ぼやいても返ってくるのは笑い声。ひとりでいるよりは、ずいぶん気が楽だ。
数杯飲み終えてふらつく身体を支えられながら店を出た。
男の胸板は厚く、寄りかかっても安定している。この人に抱かれたら、きっと楽になれるんだろう。こんなにも重たく、俺の身体が引き摺る心を殺してくれる。
周りのカップルがそうしているように寄り添って、眩しいイルミネーションの街を進む。
いいんだ、今日は。こんな日は誰も周りなんて見ていない。誰もが、考えているのは相手のことだけ。
あいつは、一度だって外で腕なんか組ませてくれなかった。常に一定の距離を取って歩く。口に出したことなんてないけど、それが約束。
それでも、俺がわざと酔っぱらった夜は手を繋いで歩いてくれる。振り返りもせずあいつが引っ張ってきて、余計に距離は拡がる。その距離を繋ぐ手が、嬉しくて、しょうがなくて────
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