記録5 孤児院長

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 全くもって実感が湧かなかったが、しかし不思議と納得をしてしまう自分がそこにはいた。  何も言わない時任に、何かを案じるような視線を向けて。死神は「でも」と続けた。  「地獄協会はあなたの最低限の"人格"は保障するよ」  少々事務的な口調は、彼女が死神であることをより強調する。  「特例措置って言ってね、魂の汚れの大半がその前世での行いによってついたものだった場合、地獄での生活を約束することになってるんだ」  普通は独房に入るんだけど、と。彼女は言う。  地獄での生活、などと言われても思い浮かぶのは針山や血の池といったものばかりだが。死神の言い方だと、普通の人間らしい生活のことを言っているのだとわかった。  しかし。  「やはり、ここは離れなければいけないのか」  ここに来て、今のこの状況に"死"という実感が追いついて。時任は、最も受け入れ難い現実がここにあることを理解した。  「ごめんね、決まりなんだ。何かが起こってからじゃ遅いから」  自分が衝動に耐えることができたのは、守るべき場所があったからだ。この場所こそが、自分の救う場所であり、そして自分を救ってくれる場所なのだ。  そんなここを、離れなければいけない。自分の全てを捨てなければいけない。  と、ここで。  「あそこの死体は」  今まで口をつぐんでいた青年が唐突に声をあげた。  「一体何なんだ?」  視線が、暗い夜を切り取る窓へ向いた。凝り固まった罪の意識を、置き去ったあの夜のことを思い出す。  「……ここの子どもだ」  明るい夜のことだった。まさに今と同じこの場所で、ふとあの窓から外を見たことがすべての始まりで、終わりであった。  誰も近づかないはずの裏庭に、何かを埋め直したような跡が見えてしまった。子どもの遊びか悪戯か、どちらにせよ危険な場所だ。注意しなければいけない。  そのために、何が埋めてあるのか。確認を、した。  「埋まってたんだ、子どもが。血のついた大きな石と一緒に」  シャベルに当たった柔らかい感触、土にまみれて見慣れた顔、喉から這い出た嗚咽。  意識以外の全てが遠のいた。
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