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「ねえ、雪見ちゃん。数学のノート、一緒に運んでくれる?」
篠田雪見に声をかけたのは、同じテニス部の相田実里(みのり)だった。雪見はにっこりと笑って「いいよ」と言う。
あれから一ヶ月近く経つが、クラスは平和だ。やっぱり、人ってそんなもの。環境が変われば、前のことなんか忘れるんだ。私は完全に安心していた。安心しきっていた。
翌日、私の安心はいとも簡単に崩された。相田実里が、自分の机にカッターを向けている。最初、私は何が起こっているのか全くわからなかった。しかし、教室に入ってすぐのところにある相田実里の机の惨事を見るのは、容易かった。
机に「死ね」と彫られていた。相田実里は、その文字を消すためにカッターで机を削っていたのだ。
「彩菜」
私は反射的に顔を上げた。その向こうでは、雪見が笑っている。
「こっち来て。昨日、ネットで可愛い服見つけちゃったんだ」
私は、唾を飲み込みながら篠田雪見に近づいていった。
その日から、相田実里は一人で昼食を食べるようになった。机の傷は当然教師に咎められたが、相田実里は沈黙を守った。
「実里!掃除当番代わってよ」
なんて可愛い方で、
「実里!一緒にトイレ行こうよ」
は、頭からバケツの水をかけられるサイン。
「実里!ほら、金魚食べなよ」
なんて気味の悪いことを言う人もいた。
篠田雪見は、いつも何も言わず、彼女を囲む集団の中でにこにこと微笑んでいる。たまに「ほら、早く」なんて急かすけど、基本的には意外と口数は少ない。
私はどれも、遠くから見ていた。彼女を囲む輪の外で、去年も同じクラスだった深瀬亜利沙と喋るふりをしながら、見ないふりをしていた。
「…なんかさあ、酷いよね、実里へのいじめ」
ある日の帰り道、亜利沙が言った。私は少し前を自転車を押して歩く亜利沙の艶やかな長い髪を見ながら、「…うん」と答える。
「羽田さんも、あんな感じだったのかなあ」
羽田則子は、噂にはいじめられていると聞いていたけれど、詳細は知らない。でも、確かに廊下で笑われているのは見たことがある。
「気をつけないとね、私たちも」
「…うん」
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