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相田実里は、次の週から学校に来なくなった。担任も、ようやく実里に何かが起こったのだと認識するようになったらしい。
しかし、それがいじめだなんて思っていない。勉強が上手く手につかないとか、友達同士でちょっとしたいざこざがあったのだとか、その程度にしか考え至らなかったようで、実里と関わりの深いと思われるごくわずかな生徒が少し話を聞かれただけだった。
その中に、篠田雪見はいた。
恐らく、篠田雪見は困ったように眉をハの字にして、しらばっくれたのだろう。何もないような顔をして、今日も机に向かっている。
「はい、今日の授業はここまでー」
先生が言うと、一気に気の抜けた雰囲気が漂った。「よっしゃー」と小さく声を上げる者、机に突っ伏す者、大きく伸びをする者。フーッと一斉に息が吐き出された。
「疲れたねー、彩菜」
篠田雪見は後ろを向き、私に言った。一瞬ドキッとして、「う、うん…」とたじろいでしまった。にこにこと笑うその顔は、本当に可愛い。それなのに、妙に居心地悪いのは、ソレの前触れだったのかもしれない。
相田実里が学校に来なくなって、一週間が経った。とても清々しい夏空の下では、地獄が広がっていた。
…ガリ、ガリ。
自分の机に向かってカッターの刃を向ける少女。その艶やかな長い髪が、サラリと肩から落ちた。
「亜利沙!一緒にトイレ行こうよ」
少女はカッターを机の上に置き、篠田雪見と、数人の女子と共に教室を出ていく。私はその後ろ姿を見つめることしかできない。
「…篠田、前から良く思ってなかったもんな。深瀬のこと」
男子の声が、ボソッと聞こえた。嘘だ!亜利沙が何をしたって言うんだ。亜利沙は特に篠田雪見とよく行動するわけでも、同じ部活でもない。強いて言えば、今同じクラスなのが、唯一の接点だ!
――それなら、羽田則子だって同じだった。
ふっとその事実に気づく。いじめをするのに、大した理由なんて必要ないのだ。ただ、性格が合わないから。ただ、気にくわないから。それだけで、充分いじめられる可能性があるのだ。
――相田実里は、なんでいじめられたんだろう?
あの日――数学のノートを一緒に運んだ仲のいい二人に、何があったんだろう。こちらは何か、私の考えの及ばない理由がありそうだ。二人にしかわからない理由が――しかし、それは最早知る由がなかった。
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