◆◇◆◇

2/2
前へ
/5ページ
次へ
 幾度目かの食事が済んだ頃、また再び戸が鳴り、紙片が差し入れられた。 〈明けましておめでとう。  なあ、お前さ、ちまちまとかくれんぼするんじゃなくて、いつか本当の意味でこの屋敷から出て、見てみろよ。キレーだし、見てると元気出るぞ、初日の出〉  なあ、これを読ませられた俺の気持ちがわかる人間はいるだろうか。  年が明けたのか、とか、これまで俺がしてきた脱走は奴にとっては『ちまちま』とした『かくれんぼ』なのか、とか、色々思うことはあった。  でも、何よりも衝撃的なことはなんだと思う? 「初日の出を見に屋敷を出ろだと? ククッ、ククク」  あまりに可笑しくて、つい笑いが込み上げた。  でも、声に出して笑ったら他の奴らに聞きつけられそうで、後が怖い。だから枕に顔を埋めて、声を殺して笑う。  どこかズレた奴だとは思った。  奴が疎ましくて逃げても、奴には所詮『かくれんぼ』だ。  屋敷の奴らから、慣例中は俺と接触するなと言われた筈なのに、『神さまに了解取った』で平気で手紙を寄越す始末だ。  挙句、幽閉されている俺に『出てみろ』と言い放つ。  今まで、誰も、俺に屋敷を出ろとは言わなかった。  逃げても連れ戻され、あらゆる手段で俺を部屋に閉じ込めた大人達を他所に、奴はまったく逆のことを簡単に言ってのけた。  初めて、俺が受け続けてきた呪縛を、俺以外の奴が否定したのだ。  しかも、『初日の出を見る』という本当に勝手で稚拙な理由で。  あまりの馬鹿さ加減に、俺の置かれた状況を知らないクセに、他人事だからと軽率な事を言うな、と腹を立てる気も起きなくて、ただただ笑い続けた。 (ああ、疲れた……もうイヤだ。本当に、コイツの事を考えるのはしんどい)  笑いすぎて辛い。  コイツの為に、とやかく難しく考えさせられるのは癪に障る。  ならば、下手に考えなければいい。  書く事が、やっと決まった。 〈明けましておめでとう、友よ〉  奴は最初、半月だけここにいると言ったが、何故だか長い付き合いになりそうな、そんな予感がした。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加