19人が本棚に入れています
本棚に追加
幾度目かの食事が済んだ頃、また再び戸が鳴り、紙片が差し入れられた。
〈明けましておめでとう。
なあ、お前さ、ちまちまとかくれんぼするんじゃなくて、いつか本当の意味でこの屋敷から出て、見てみろよ。キレーだし、見てると元気出るぞ、初日の出〉
なあ、これを読ませられた俺の気持ちがわかる人間はいるだろうか。
年が明けたのか、とか、これまで俺がしてきた脱走は奴にとっては『ちまちま』とした『かくれんぼ』なのか、とか、色々思うことはあった。
でも、何よりも衝撃的なことはなんだと思う?
「初日の出を見に屋敷を出ろだと? ククッ、ククク」
あまりに可笑しくて、つい笑いが込み上げた。
でも、声に出して笑ったら他の奴らに聞きつけられそうで、後が怖い。だから枕に顔を埋めて、声を殺して笑う。
どこかズレた奴だとは思った。
奴が疎ましくて逃げても、奴には所詮『かくれんぼ』だ。
屋敷の奴らから、慣例中は俺と接触するなと言われた筈なのに、『神さまに了解取った』で平気で手紙を寄越す始末だ。
挙句、幽閉されている俺に『出てみろ』と言い放つ。
今まで、誰も、俺に屋敷を出ろとは言わなかった。
逃げても連れ戻され、あらゆる手段で俺を部屋に閉じ込めた大人達を他所に、奴はまったく逆のことを簡単に言ってのけた。
初めて、俺が受け続けてきた呪縛を、俺以外の奴が否定したのだ。
しかも、『初日の出を見る』という本当に勝手で稚拙な理由で。
あまりの馬鹿さ加減に、俺の置かれた状況を知らないクセに、他人事だからと軽率な事を言うな、と腹を立てる気も起きなくて、ただただ笑い続けた。
(ああ、疲れた……もうイヤだ。本当に、コイツの事を考えるのはしんどい)
笑いすぎて辛い。
コイツの為に、とやかく難しく考えさせられるのは癪に障る。
ならば、下手に考えなければいい。
書く事が、やっと決まった。
〈明けましておめでとう、友よ〉
奴は最初、半月だけここにいると言ったが、何故だか長い付き合いになりそうな、そんな予感がした。
最初のコメントを投稿しよう!