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 どのくらい考えて、どれくらいの時を過ごしたのかはわからない。  思考の迷宮を堂々巡りし、味気ない食事が何度か運ばれた頃、通常の慣例では考えられない事が起こった。  コン。  戸の辺りから小さな音がして、静かな部屋に響く。  本来ならば、巫覡が雑念を抱かぬよう、食事と湯浴みと不浄(便所)以外で部屋の外部からの接触は行われないし、余計な音を立てる事も禁止されている筈だ。  なんだろうと音のした方向を見遣ると、紙片が戸を覆う衝立の下の隙間から差し入れられるところだった。  そっと近寄って確認すると、それは折線が入ったノートの紙片で、一番上に小さな文字で〈ヒマだろ?〉と書かれていた。  妙に角張った癖のある字が誰の物か、散々宿題を手伝わされたから一目でわかる。 (アイツか)  こともあろうに、フミヲは大人達の目を盗んで手紙を寄越したのだ。 〈務め中の会話は禁止だ〉  机から鉛筆を取って、そう書いて寄越せば、少し間を置いてまた紙片が返される。 〈大丈夫。ちゃんと神さまに了解取ったし。今、ここにいるのオレだけなんだよ。しゃべるとバレるから手紙で話そうぜ〉  などとほざく。  相手にしてられん、と無記入で返すと、また少し経って返される。 〈『神さまに』ってのは、占いのことな。知りたいことを念じると、導いて教えてくれる。お前とかくれんぼする時なんかに便利なんだ。本をテキトーに開くと、ヒントが書かれてる〉 「は?」  あまりの突拍子のなさに、思わず声を上げてしまった。  本を開いて、そこに書かれた文章が神の回答だなど馬鹿げている。  だが、確かに奴は歴代の監視役の中では誰よりも早く俺を見つけたし、思い返せば、よく本を開け閉めしていた。 (ただ勘が働くのを、占いだとか神の導きと思い込んでいるのか。だが、勘というには、確かに神がかってはいるか)  もし、その力が本物で、俺が逃亡された時のアテにされたというのなら、奴がここに派遣されたのも納得がいく。  奴の字を眺めながら考えていると、再び紙が差し入れられた。 〈それとな、オレ、別に義理でお前と友達になったわけじゃないぞ。他人に頼まれてなる友達なんて有り得ないし、そんなの相手に失礼だろ〉 (第三者に頼まれてなる友が有り得ないのなら、他のどんな方法でなら友になれるというのか? それに、奴は俺と友になりに来たと言ったが、何故だ?)  ああ、なんだろう。今、抱いている気持ちの名前を俺は知らない。  物心ついた頃には既に、人との接触を制限されていた俺にとって、【友】がどんなものかわからない。  だから、この紙切れに書かれていることの意味もあまり理解できないのだ。  でも、何故だろう。胸が締め付けられたように痛くて、でも、不思議と悪い気分ではなかった。  どう返事を書こうか。  奴の書いた文面を睨んでも、腕を組んでも思いつかなくて、考えている内に、戸の向こうで低い足音が近付く音した。  続いて衣擦れの音がして、最後に先程よりは軽くて高い足音が遠ざかる音がする。 (タイムオーバーか)  監視の交代時間が訪れ、奴は戸の前から去ってしまったらしい。  次に奴がいつ監視に訪れるのかわからないが、どうやらそれまでに考えておかなければならないことができたようだ。  煩くて、しつこい奴だが、奴を友として認められるのか。  大体、友になって、なにをするのか。  奴を信用していいのか。  貰った手紙の返事をどう書こうか。  考えて、考えて、考えて。  お蔭で、退屈をすることはなかった。  ただ、自分の事ではなく、誰かのことについてひたすら考えるのは案外しんどいものだ。
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