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このいくさから生きて帰れたなら、今度は愛宕山の頂上で弥七と二人、眼下に拡がる三河郡を眺めながら、父の話でも聞いてみたいと思っていた。
だが、もうそれは叶わない。弥七はもう、動くことはないのだ。
弥七殿は俺を守って死んだ。俺が殺したも同じ。
忠勝は天を仰ぎ、慟哭した。
弥七に詫びる言葉を捜したが、何も見つからなかった。
なぜ鷲津砦に走った。
いっその事、自分が死ねばよかったのだ。
幼き意地で突っ走った自分が死ねばよかった。
丘の登り降りで疲労した馬の脚の状態を見抜けなかった自分が情けない。
「戦場での勝手な行動はおのれだけではなく、他人の命をも奪う。それをしっかりと骨身に刻め。わかったか、忠勝」
忠真が忠勝に背中を向けて、言った。
「叔父上」
忠勝は弥七の顔を見つめたまま口を開いた。
弥七は眼を閉じ、安らいだ表情をしている。
再び、喉の奥から嗚咽が込み上げてきた。
忠勝はそれを必死に堪え、言葉を続けた。
「本多忠勝という名を暫く預かっていて下さい。俺にはまだその名を背負う資格がありません」
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