《2》

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 外には湿った空気が漂っている。 雲が厚い。今にも雨が降ってきそうな空だ。  松平元康(マツダイラモトヤス)は障子戸を閉めると、板床の上に胡座をかき、居並ぶ家臣たちに向いた。 「皆、ご苦労であったな」 元康は一人一人の顔を見回して、言った。 居並ぶ具足姿の家臣たちはどの顔も頬が削げ、眼からは異様な光が放たれている。  大高城の一室である。 兵糧の運び入れは今日の明け方までかかった。 米俵を運んでいた者、織田方の敵兵と闘っていた者、丸二日間、誰一人としてろくな食事も睡眠も摂っていない。  沓掛城に駐屯していた今川義元は今朝、2万5千の兵を率いて、西進を開始した。 織田方の動きはまだ入ってきていないが、総兵力は2千ほどだという。 「くそ、義元め」 鳥居元忠(トリイモトタダ)が板床に拳を打ちつけて、吐き捨てた。 「丸根砦を制圧し、大高城に兵糧を入れたのは我ら三河国人衆だ。なのに、労いの言葉もないのか」 「鳥居よ。かりかりするな」 酒井忠次(サカイタダツグ)が穏やかな笑顔を浮かべ、元忠を宥める。酒井忠次は元康の父、広忠の頃から松平家に仕える家臣で、三河国人衆の番頭だ。元康に戦の采配を教示したのは忠次である。
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